49.漁港は朝から大賑わい!
早朝とは思えないほどの活気が体全体にビリビリと伝わってくる。
朝には弱い料理長もさすがに今日ばかりは目が冴えたようだ。先ほどからしきりにあちらこちらへと目を動かしている。
かくいう私も料理長以上にせわしなく視線を右へ左へと動かしていた。
漁ギルド広場の床に広げられた大量の箱。その中にはまだ生きたままのお魚がたくさん入っていて、時折ぴちぴちと水がはねる。
「すごいです! 料理長! あっちのおっきい魚はなんですか⁉」
「あぁ、あれは……」
先ほどから目の前を通り過ぎるお魚の名前をすべて答えてくれる料理長。残念ながら、私の頭にはその半分も残っていないけれど、気になってついつい聞いてしまう。
「それにしても、こんなに大きいとは思いませんでした! たくさんお魚がいて楽しいです!」
「シュテープ一の漁港ですからね。水揚げ量もこの国では一番ですし」
まだ陽も登っていないというのに、漁港には絶え間なく船が到着している。
漁ギルドの中もついた船からお魚をおろす人や、そのお魚を選別する人、そのお魚を何やら写真に撮っている人など……とにかく慌ただしい。
「ここにいると、なんだかまだ朝が早いことも忘れちゃいますね!」
なんなら肌寒いくらいなのだけれど、動いている人たちはみんな薄着だ。体を動かしているからあったまるのだろうか。
「他の漁港もこんなに朝早くからやってるんですか?」
「そうですね、大体どこも同じ時間帯だと思います。むしろここは遅いくらいですよ」
「これで⁉ まだ六時前ですよ?」
「早いところは六時には競りを初めていたりしますし……。ここは水揚げ量が多くて魚の選別にも時間がかかりますから、競りの開始が遅いんですよ」
信じられない。私があんぐりと口を開けると、料理長はクスクスと笑った。
「僕も初めて来たときは驚きましたよ」
「あまり近づくと作業の邪魔になってしまいますから、競りが始まる前に漁ギルドの中を見せてもらいましょうか」
「良いんですか⁉」
「昨日、昼食をとったレストランの奥さまにお願いしてみたんですよ。そうしたら息子さんがギルドへ掛け合ってくださったみたいで……」
「お待たせしてすみませんッス!」
遠くから大きな声が響いて、私と料理長はビクリと肩を震わせる。
騒がしい漁港だから気にならないけれど、町中だったらきっと町人全員が振り返ってたんじゃないかって思うくらい大きな声だ。
日に焼けた手を挙げてこちらへと駆け寄ってくる大柄の青年。
にかっと笑みを浮かべた口元に白い歯がのぞく様子も、雑に脱色された明るい金とも茶色ともつかぬ短髪が揺れている様も、とにかく海の男って感じ。
「まさかこんなに早くからお越しいただけるとは思わなかったッス!」
青年は私たちの前で足を止めると、料理長の方へと手を差し出した。
「昨日は母の店に来てくれてありがとうございます! 俺はエイル・ドーリス、気軽にエイルと呼んでほしいッス!」
「初めまして、僕はネクター・アンブロシアです。この度はどうもありがとうございます」
料理長はエイルさんの手を軽く握った後、私の方へと視線を向ける。
「フラン・テオブロマです!」
エイルさんに負けないようにと精一杯声を出す。顔を上げると、目を真ん丸に見開いたエイルさんとばっちり視線がぶつかった。
エイルさんはさっと私が差し出した握手を避けるどころか
「はははは、初めましてッス!」
挨拶と一緒に、五、六歩は後ずさった。
え、私、まだ何もしてないのに嫌われた?
料理長よろしくネガティブモードに突入しそうなんですけど。
どういうことですか、料理長。
私が隣にいるイケメンへ目をやると、料理長も予想外だったようだ。
驚くべきことに、エイルさんの顔はみるみる真っ赤に染まっていってしまうし、何がなんだか訳が分からない。
「えっと、エイルさん?」
大丈夫ですか、と一歩近づけば、やっぱり一歩後退されてしまう。ズイ、ズイ、ズイ。
一歩、一歩のやり取りを繰り返しているうちに、エイルさんが足元にあった箱にぶつかって「うわぁ⁉」とすっとんきょうな声を上げた。
「エイルさん⁉」
「エイル! 何やってんだ! 大事な商品に傷つけんじゃねぇ! って……なんだぁ、かわいい嬢ちゃんに見惚れてやがったのか⁉」
「エイルー! しっかりしろー!」
エイルさんに向かって野次が飛ぶ。男の人の野太い歓声まで聞こえてきた。
家族みたいなあったかい雰囲気だ。
エイルさんはそれに「わかってるッス!」と大きな声で返事をして、ようやく決心がついたのか、私の方へと一歩近づいてくれた。
「こんな感じで……周りに男しかいないんス。だから、女性に慣れてなくて……。し、しかも、その、テオブロマさんは、か、かっ……かわっ……」
「かわ?」
「なっ! なんでもないッス! 足元! 色々あるんで気を付けてください!」
エイルさんはぶんぶんと首を振って、ガバリと前へ向き直ってしまう。
私が首をかしげると、隣で料理長が小さくため息をついた気がした。料理長、それなんのため息?
「っていうか、フランで良いですよ。私もエイルさんとお呼びしたいですし!」
「いい、良いんスか⁉ ほ、本当に呼びますよ⁉」
「はい、普通に呼んでください!」
エイルさんの真似をしてにかっと歯を見せて笑うと、エイルさんは「うっ」と心臓のあたりを押さえて立ち止まった。
後ろから再び料理長のため息が聞こえたけれど、本当に二人ともどうしちゃったんだろう。
「……と、とにかく、競りが始まるまで少し時間があるんで、ぜひギルドの中を見ていってください。競りに負けないくらい、面白いものもたくさんあるッス」
「はい! ありがとうございます!」
気を取り直して大きく深呼吸したエイルさんが歩き出す。
お魚がたくさん入った大量の箱が並ぶ広い卸市場を抜け、人々が行きかう船の発着場を横切り、お魚の出荷場を通り過ぎて……海みたいな青い壁の建物へと入っていく。
『漁ギルド裏口』と書かれた扉を開いて、エイルさんは私たちを中へと案内した。
建物の中もやっぱりガヤガヤと騒がしい。電話越しに誰かと相談している人がたくさんいるし、いっぱいに並んだお魚の写真を見つめて喋っている人たちもいる。
だけど、それ以上に目を引いたのは……
「水族館みたい!」
ギルドの中だってことを忘れちゃうくらい床から天井まで目いっぱいに備え付けられた大きな水槽だった。




