47.思い出つまった海の味(2)
すっかり板についた料理長との食前のご挨拶。息ぴったりにそろえて、お互いスープへと手を伸ばす。
夕焼けに染まった海と同じ色のスープから、潮の香りがするような……。
スプーンですくって一口運んだ瞬間。
「ん! お魚の味がする……!」
どう見たってどこにもお魚は見えないのにスープにはぎゅっとお魚の味がつまっていた。
「あ、わかった! スープ・ド・ポワソン、ですね!」
「素晴らしい。お味はいかがです?」
「おいしいです! すっごく上品な味! お屋敷でも何度か飲んだことがある気がしますけど、ちょっと違いますね!」
「使っている魚の種類が違うのでしょう。スープ・ド・ポワソンは魚を煮込んで作りますから。ここは海の近くですし、色々な種類の魚を使えるんじゃないでしょうか」
「さすがは海のそばです! おいしい……!」
魚の旨味が鼻を抜ける。煮詰めてあるから余計にその味や香りが濃くなるのだろう。その味の凝縮っぷりは、飲むというよりも食べるに近い感覚だ。
一緒に添えられているソースを加えて味を変えても、やっぱり上品さがあっておいしい。
お魚がベースになっているからか、しっかりと旨味を感じるのにお肉ほどガツンとした衝撃もなくて飲みやすいし、くどくもなくて他の料理の邪魔もしない。
これぞ、最初に口にするのにふさわしいスープで賞!
「スープから大満足です! これはもう、メインも最高の予感しかしません!」
「良かったです。海鮮串も熱そうですから、火傷しないように気を付けてくださいね」
「はい!」
サラダとパンを一口ずつ食べて、いよいよメインの海鮮串へと手を伸ばす。
食べるのがもったいないくらい綺麗で、ついつい口へ入れる前に眺めてしまうくらいだ。
まずは、マキュルーラから!
マキュルーラのチャームポイント、長い足はさすがに串焼きにするには邪魔だったのかなくなってしまっていて、すっかり普通のエビに見えるけれど。だからこそ、食べることにも抵抗はない。
真っ赤なプリッとした身にかじりつく――
「ん!」
じゅわっ! エビの濃厚な塩気と甘みが一気に口いっぱいに広がった。
むっちりとつまった身の歯ごたえも弾力も言うことなし!
「おいしい~~~~! さすがはとれたてピッチピチです! すっごく身が詰まってて……おいしいです! うわぁぁ……後味のほくほくした甘みも最高……」
はふぅ、と息が漏れる。幸せのため息だ。
自然な塩気がパンを口に運ばせる。お米でも良さそうだけど、パンだからこそ味のバランスも良いかも。
お手軽感もあるし、食べやすい。
そのままサラダを食べ、鋼鉄貝を食べて再び満足吐息を吐き出したところで「いかがかしら」とおばさまの声がかかる。
お水のおかわりを注ぎに来てくれたらしい。
「おいしいです! すっごく! やっぱり新鮮だからなんですかね⁉ 変なえぐみとか渋みもないし! 甘くてジューシーで身がしっかり詰まってて……」
「良かった。そう言っていただけて嬉しいわ。お嬢さん、本当においしそうに食べてくれるのね」
「だって、本当においしいですもん! おばさまがお料理を?」
「えぇ。夜は息子もいるんだけど、今は漁ギルドの集まりに出ているから」
おばさまはニコリと微笑んで、お水を注ぐ手を止める。
「このお店はいつから?」
料理長も手を止める。同じ料理人として、やっぱり気になることがあるみたいだ。
「始めたのはもう四十年も前よ。主人と私はこの山を越えた先にある村で生まれ育ったの。だから、海にすごく憧れがあって。就職はお互い海の側でしようって話になってね……」
遠く、窓の向こうに広がる海を懐かしそうに見つめたおばさまは、そこまで話すと
「っと、おばさんの話は長くなるわよ?」
そう前置きして、お水の入ったピッチャーを持ち上げる。
「お二人のお食事が終わってからにしましょ。お料理は熱いうちに食べたほうがおいしいものね」
穏やかな笑みを一つ浮かべると、あっという間にお店の奥へと戻ってしまって、私たちは顔を見合わせた。
食事が終わっても、しばらくはゆっくりしていっても良いということだろうか。
普通のお店だと珍しい対応のように思えるけれど、今は他にお客さまがいないから、特別なのかもしれない。
「……特に予定もないですし、食べ終わったら少しゆっくりさせていただきましょうか」
「はい! おばさまのお話も気になります! お料理には歴史が詰まってますもんね!」
料理長だって色々と聞きたいこともあるだろうし。
まずはおばさまの言った通り、冷めないうちにご飯を食べよう。
「お嬢さまの海鮮串は……次がレモラですね」
「はい! すごく楽しみです! 見た目はちょっとやばいけど……タコみたいなものだと思えば!」
「そうですね。僕もずいぶんと昔に一度食べたことがあるだけなので新鮮です」
料理長の反応をじっと観察してみたけれど、特にまずかった記憶はないようだ。
よし、これなら大丈夫かも。
まずは匂いチェックから。真っ青な吸盤にクンと鼻を近づける。まさに海! そう思わせるだけの磯っぽい香りがして、反射的にゴクンと唾を飲み込んでしまう。
磯臭い、というよりは潮の良い香り。食欲が沸いちゃうタイプだ。
「いきます」
えいっと口に放り込んでレモラを噛みしめると、とても魚とは思えないほどムチムチとした食感。
あっさりした淡泊な味は白身魚に近いものがある。
噛むときゅむきゅむとした歯ごたえがあって、さっぱりとした爽やかな旨味が舌の上ではじける。
「いかがですか?」
「悪くないです! 食感もむちむちで面白いし! 味もさっぱりしてて、お口直しって感じにも良いかも! 次がマロンもどきで味が濃いから、ちょうどバランスがとれそう……」
「確かにそうですね。この串としてのバランスを考えれば、ここに淡泊なレモラがあることで、より最後のマロンもどきが際立ちそうな……」
なるほど、と料理長はうなずいた。ふむ、と顎に手を当てているところを見るに、どうやら料理長の脳内メモに何かを記入しているようだ。
「お嬢さまは、本当に料理人としての才能があるかもしれません」
「私、貿易業をやるんですけど⁉」
嬉しいけど、料理人になる予定はない。正直、料理なんて作ったこともないし……。
「冗談ですよ。お嬢さまが料理をする機会を見つける方が難しいですから」
「料理長と一緒ならやってみます!」
ガバリと大きく片手を上げると、料理長はちょっとだけ困ったように微笑んだ。