46.思い出つまった海の味(1)
漁港の入り口を少し過ぎたあたりで、まだ営業しているお店があった。
国都で学んだ相場から考えると少し高級なお店のようだけど、その分味も信頼できそうだ、と料理長が中へ入っていく。
「いらっしゃい」
おしゃれなジャズが店内に響いていて、それに波の音が合わさる激エモ仕様。落ち着いた雰囲気のインテリアも、高い天井も、値段相応な内装だ。
品の良いおばさまに案内された席はちょうど海の良く見える窓際。おばさま、エモすぎます!
「注文が決まったころにまた来るわね」
差し出されたメニューは革張りのしっかりとした造りで、細部にまでこだわりが見える。
おばさまはすっと綺麗なお辞儀をして、お店の奥へと引っ込んでいく。
海の近くだから、なんとなくもっと明るい雰囲気をイメージしていたけど、こんな落ち着いた感じのお店もあるんだ!
海よりは山って感じのおばさまを見送りつつ、料理長とメニューを眺めていく。
お客さんがいないせいか、デンとかまえた振り子時計の音が余計に静寂を感じさせた。
なんだかちょっとだけ緊張しちゃう。
「僕はこのおすすめプレートにします。お嬢さまは?」
「ん~……どれもおいしそうで……!」
やっぱり料理を決める速度では料理長にかなわない。
しばらく「悩ましいです」と眉をひそめていると、頭上からクスクスと上品な笑い声がした。
「今日はお客さまも少ないし、ゆっくり悩んでちょうだいね」
先ほどのおばさまが水の入ったグラスを私たちの前に並べる。ついでに注文も聞きにきてくれたのかもしれない。
「どれもおいしそうで! おすすめとかってありますか?」
「おすすめプレートが一番だけれど……そうね、お嬢さんくらいの方には海鮮串なんかも食べやすいかもしれないわ」
「海鮮串?」
「隠れた人気メニューなの。えぇっと、なんていったかしら……バエ? っていうやつね」
おばさまはメニューの下の方に書かれたイラストを指さした。
一口サイズの魚介類が串にささって並んでいるイラストは、確かに写真映えしそう!
「わぁ! 確かにかわいいです! 決めました、私はこれにします」
「あら、ありがとう。お兄さんは?」
「僕はおすすめプレートをお願いします」
私たちの注文を聞くと、おばさまはにこやかにうなずいて「少し待っていてくださいね」と再び店の奥へと戻っていく。
一人で切り盛りしているのだろうか。他に店員さんの姿も見えない。
「なんだか素敵なおばさまですね」
「えぇ。お店も落ち着いていて雰囲気も良いですし。少し奮発して正解でしたね」
どうやら料理長のおめがねにもかなったみたい。
この雰囲気も、慣れればお屋敷にいるみたいで落ち着くし。
料理長はお店を見つけるのも上手だな。おいしいお料理がどんなところで出てくるのかも知っているのかもしれない。
砂浜に寄せる波の不規則な動きを見つつ、料理長と何気ない会話を交わす。
今までに行った場所のこと、お母さまたちのこと、クレアさんたちのこと。明日行く漁港のことも聞けて、ますます楽しみも増えた。
*
「お待たせしました」
おばさまがお料理を持ってきてくれたのは、注文してから二十分ほどが経ってからだった。やっぱり、一人でお店を回しているのかも。
お皿から立ち上る湯気が出来たてであることを示している。
「はい、どうぞ」
私たちの目の前に並べられた二つのお料理は、どちらも美しく盛り付けられていて、思わずため息が漏れる。
「素敵です!」
エビや貝、魚など、四種類の魚介類がささった串が二種類も並んでいる海鮮串はもちろん、料理長のおすすめプレートも生の鋼鉄貝に輪切りにされたレモンが華やかだ。
どちらもパンにスープ、サラダまでついてきて、テーブルの上が一気ににぎやかになる。
「なるほど。これは写真を撮りたくなるお嬢さまのお気持ちが分かります」
早速カードを掲げた私に料理長が笑う。おばさまも満足げに「ゆっくり食べていってちょうだいね」とうなずいた。
ぱしゃり。
画面には綺麗な海鮮串とプレートが映り込む。写真からも潮の香りがしそうなくらい、海っぽくて素敵なお料理の写真が撮れた。
「さ、お料理の説明をしてもいいかしら?」
私が写真を撮るのを待っていてくれたらしい。カードをカバンへしまうと同時、おばさまがにこやかに切り出した。
「もちろんです!」
「よろしくお願いします」
いつもは料理長の解説がつくところだけど、今日は選手交代。料理長も真剣な瞳をおばさまへ送っている。
きっと料理長はこのお料理が何なのか、食材が何なのか分かっているのだろうけれど、その表情には「もっと勉強させてください!」と書いているようにも見える。
というか、メモまで取りだしそうな勢いだ。
思えば、エンテイおじいちゃんのところでもフリットーのレシピを聞こうとしていたし、料理についての知識をもっと深めたいというのは料理人にとって当たり前のことなのかも。
人生、一生勉強。
私も料理長を見習わなくちゃ!
「まず、お嬢さんの海鮮串から説明しようかしら。どれも今朝、漁港で仕入れた新鮮なものばかりよ。手前の串の上から、マキュルーラ、鋼鉄貝、レモラ、マロンもどきよ。もう一つは、ホタテにサーモン、イカとカニね」
「レモラって、初めて聞きました!」
「市場に出回らないような小魚なの。鱗の代わりに吸盤がついていて、船によく引っ付いているのよ。この辺りじゃ年中とれるお魚で有名なの」
正直、青色ということもあってか見た目はちょっとアレだけど……タコみたいなものだと思えばおいしそうかも。
飾り切りされていて、お花みたいに見えなくもないし。
サーモンだってくるくると切り身がまかれていてバラみたいだし、ホタテの上にはイクラまで飾られていて、見た目にもかなりこだわっているみたい。
料理長も刺激を受けたのかしげしげと見つめている。
「おすすめプレートの方は、鋼鉄貝のレモンソース和えがメインね。その横にあるのは、イカフライとカニクリームコロッケよ。中が熱いから気を付けて食べてちょうだいね」
おばさまはスラスラと説明してくれて、「他にご質問は?」と私たちを見比べる。
料理長は何やら迷ったように視線をめぐらせて――やっぱり我慢できなかったのか
「食べ終わった後に少々……」
おずおずと挙手をしてみせた。