45.二人で一つの関係性
スカイレールの終点は海の目の前だった。
ゴンドラから降りた瞬間、ザァン、と波の音が全身にぶつかる。
「海だぁ~っ‼」
さっき散々ゴンドラの中から見たけれど、やっぱり目の前で見るとテンションが上がる。
道路を一つ挟んだ向こう側は白い砂浜。思わず駆け出してしまいたくなっちゃう光景だ。
「料理長! 時間ありますか⁉」
「えぇ、宿のチェックインまではまだ時間がありますし。少しこの辺りを見て回りましょう」
夏はとっくに過ぎてしまったのでお客さんは少ないけれど、駅周辺のお店はしっかりと営業中みたい。
海に沿って並ぶたくさんのお店の旗が潮風にはためいている。
「じゃあ、まずは海ですね!」
道路を渡って砂浜を駆ける。もう寒そうだから、水には濡れないように渚ギリギリを攻めて歩いていると、案の定料理長から「気を付けてくださいよ」とお言葉をいただいた。
くるりと後ろを振り返れば、料理長はずいぶんと海から遠く離れた場所を歩いている。よほど濡れたくないらしい。
そうだ……。
「うりゃっ!」
料理長に向かって一すくいの海水を放ると、「うぉっ⁉」と料理長が情けない声を上げる。
「な、何をなさるんですか⁉」
絶対に濡れない距離にいるのに、おどおどしている料理長はちょっと面白い。
「すみません、ついいたずら心が!」
「そんな笑顔で謝られても……」
「もう一回いっときます?」
「遠慮しておきます」
「料理長、なんでそんなに遠くを歩いてるんですか?」
「いえ。その……非常に言いにくいのですが……笑わずに聞いていただけますか……?」
言いたくない。はっきりとそう顔に書いてあるものの、料理長の中で「言った方がマシ」だと判断したのだろう。
よほど私のいたずらが嫌だったみたいだ。ごめんね、料理長。
「実は僕、泳げないんです」
「え⁉」
こんなになんでも出来そうな見た目なのに⁉
「お恥ずかしい話ですが……運動全般が苦手でして……。特に泳ぎはダメなんですよ。海を見るのは好きなんですが、水に近づくのは怖くて」
「そうだったんですか⁉ 本当にごめんなさい」
「いえ! お嬢さまが謝るようなことでは! むしろ付き人ともあろう人間がこんな体たらくでは、いざという時にお嬢さまをお守り出来るかどうか」
とてつもない勢いで砂浜に頭をこすりつける料理長。
「ちょ! ちょっと! だから、土下座はやめてくださいってばぁ! 別に私も守ってもらおうとか思ってませんし!」
いざとなったら自分で何とかしてみせますから!
人が少なくて良かった……。こんな場面を誰かに見られていたら、それこそ変な奴扱いされちゃうよ!
泳げないっていうだけで、こんなになっちゃうの……⁉
「料理長、とにかく大丈夫ですから! っていうか、海とかダメだって言ってましたけど、旅とか大丈夫なんですか? 船で移動とかもあると思うんですけど」
「あぁ、それに関しては問題ありません。船は安全が保障されておりますし」
船だってたまには沈むこともあるんだろうけど、さすがの料理長もそこまでは心配していないようだ。
あやうく旅が中止になるところだった。少なくとも、プレー島群の国々を周遊する旅で船は必須だ。ズパルメンティなんて船でしか移動できないし。
「今後、お嬢さまにはご迷惑をおかけすることもあるかもしれませんが……」
「大丈夫ですよ! お互いさまです!」
だから、すぐに土下座しようとするのだけはやめてください。
なんとか料理長を元気づけて、私たちはしばらく海沿いの道を歩く。
穏やかな横顔で海を見つめるイケメンな青年は、はたから見ればなんでも出来る超人に見えるのに、フタを開けてみたらネガティブだし、朝には弱いし、運動もできないらしくてそのギャップが面白い。
「こういうところに、女の人は惚れちゃうんでしょうね……」
「何か言いましたか?」
「いえ。私ももうちょっと大人になったら、料理長の魅力が分かるのかもしれないな、と」
「……十も離れたおじさんに何を言ってるんですか」
「あ、照れてます?」
「照れてません! からかわないでください……」
フイと顔を背けられた。照れてるんじゃん、かわいいやつめ! 料理長、ギャップ大魔神だなぁ。
クレアさんにも後で写真を送っておいてあげよう。
「ほら、お嬢さま。そろそろ漁港が見えてきますよ」
話題を変えるためか、いつもより少しだけ早口な料理長の言葉に顔を上げると、遠くに大きな漁ギルドの看板が見えた。
海にも負けない真っ青な看板がよく目立つ。魚の形をしていてかわいい。
看板のついた大きな門が漁港の入り口なのだろう。その向こうにはたくさんの建物が並んでいる。
今はもう昼を過ぎているからか人も閑散としているけれど、フィーバータイムはもっと人もたくさんいるのかな。
明日の朝が楽しみだ。
「料理長、明日は早起きですね!」
「……が、頑張ります」
ちょっと怪しいけれど、しゅんとしながらもしっかり決意している料理長をひとまずは信じることにする。
宿も漁港のすぐ近くみたい。よし、最悪は私が料理長を引っ張っていこう。
どうせならおいしい料理も食べたいし、料理長の素敵な食材紹介だって聞きたいもんね。
「料理長、私たちは二人で一つ! いつだって最強のマイメンですからね」
「……ど、どうしたんですか、急に」
「お互いに足りないところを補い合っていけば、きっとこの先もうまくやっていけますから」
私だって料理長がいないと、まともな旅すら出来ていなかっただろうし。
料理長ばっかり謝っているけれど、料理長が足を引っ張ってるなんて考えたことすらないのだ。
お嬢さまと料理長なんて変な関係だけれど、出来れば対等でいたいし。
「漁港のあたりに、まだランチが食べられるところがあれば、お昼にしましょうか」
「はい!」
こういう提案が出来るのだって、すごいことなんだから。
「料理長、頼りにしてますよ!」
「善処します……」
もっと自信を持ってください、と料理長の背中を軽くたたくと料理長が再び土下座をしそうになったので、私は必死にそれを阻止する。
このやり取りも悪くない。
「さ、ランチに行きましょう!」
えいえいおーっと腕を伸ばすと、料理長も握った拳を小さく上げた。