44.初めてのスカイレールへ
村から電車を乗り継ぐこと二時間。
漁港の最寄り駅に着いたころには、太陽もすっかり真上に位置していた。
村を出たのは朝だったのに、本当にあっという間だ。
っていうか!
「漁港の近くって言ってたのに……ここ、山ですよね⁉」
私の目の前に広がる景色は一面の緑。海原のエメラルドグリーンではない。完全なる木々の緑だ。なんなら、一部の木々は鮮やかに紅葉している。
「鉄道ではここが一番最寄りですよ。ここからは、スカイレールに乗って山を越えます。この山の向こうに海があるんです」
「スカイレール?」
「山を登りおりする乗り物で、ロープウェイみたいなものですね」
料理長が「ちょうどあのあたりに」と差した指の先。タイミングよく、小さな箱状の乗り物が駅から顔を出した。
山の傾斜にそって伸びるレールへぶら下がった箱が、ゆっくりと空に吸い込まれていくように登っていく。
「おわぁぁ! すごいです! あれに乗るんですか⁉」
「お嬢さま、高いところは平気ですか?」
「もちろんです! 早く乗ってみたいです! 超楽しそう!」
「スカイレールの駅まで少し山を登りますので、疲れたら遠慮なくおっしゃってください」
「了解です! 山をくだったら海なんですよね?」
「えぇ。ですが、漁港は早朝から昼までなので、今日はもう閉まっていると思います。ですから、本日は漁港へは行かず、駅の近くでご飯にしましょう」
「はい!」
ウキウキで電車の駅を出て山の方へと歩き出すと、後ろから料理長の声がかかる。
「山道がありますから!」
どうやら、全力前進ではスカイレールの駅に到着しないみたい。危なく迷子になるところだった。
歩調を下げて料理長に並び、蛇行する山道を登る。
「山ってあんまり来ないので新鮮です!」
「そうでしたか。足元に気を付けてくださいね」
「はい! 料理長は山登りとかするんですか?」
「いえ。僕もほとんどありませんね。それこそ、この先の漁港へ行った時くらいなもので」
国都のあたりは平地ばかりで、山は珍しい。
バカンスといえばもっぱら海周辺のリゾートばかりだし。
「あ! でも、紅楼国に行ったときは結構登ったかも!」
紅楼国で登った山は岩山だったし、こんなに森っぽい雰囲気もなかった。しかも、山道はほとんどが階段になっていて、気づいたら高いところまで登っていたような気がする。
「あそこは山しかありませんからね。紅楼という名も、紅い岩山が楼閣のように見えたことからつけられた、と言うくらいですから」
「へぇ! そうだったんですね! 言われてみれば、赤っぽい土だったかも……」
やっぱり料理長は博識だな。
料理長と旅が出来て良かったかも! まさかこんなにいろんなことを知れるなんて思ってもみなかった。
「紅楼国もまた行きたいな……ドラゴンの唐揚げ……」
思い出したら、よだれが出てきちゃいそうになる。
紅楼国はとにかくお肉料理がたくさんあって……!
「前に行ったときはまだお酒が飲めなかったけど、今度は飲めますね!」
「紅楼国の料理は味付けが濃くて、お酒に合いますからね」
料理長がお酒を飲んでいるところは見たことがないけれど、しみじみと呟く姿を見るに、お酒も嫌いではなさそうだ。
「よし、紅楼国に行ったら絶対一緒にお酒を飲みましょう!」
「え⁉」
「一人で飲むより、一緒に飲んだ方が楽しいじゃないですか!」
「いえ、僕は……」
よし! 俄然楽しみになってきた!
料理長はあんまり乗り気じゃないみたいだけど、いつか絶対に一緒にお酒を飲んでやるんだから。
話をしているうちに、山の麓に建てられたスカイレールの駅が見えた。
ゴンドラは四人乗り程度の大きさで、次から次へとやってくる。人も少ないので、特に待ち時間もないみたい。
「ようこそ、スカイレールへ! 空いているお好きなゴンドラへお乗りください。乗車中もゴンドラは止まりません。ご乗車の際はお足元にお気をつけください」
駅員さんに案内されるがまま、動く小さな箱に料理長が足をかける。
ゆっくりではあるものの、ゴンドラが動いているので少し緊張する。
「よいしょ!」
料理長に手を引っ張ってもらいながらゴンドラへ飛び乗ると、そのまま扉が閉められた。
「貸し切りですね!」
「今日は人が少ないですからね。思う存分楽しんでください」
向かい合わせで腰をかける。
座ったり立ち上がったりするだけでグラグラと揺れるスカイレールは中々スリリングだ。
それだけじゃない。
イスの部分よりも上側は天井以外全てガラス張りになっていて、外の景色が良く見える。
「料理長! すごいです!」
スカイレールは山の斜面を登り、ぐんぐんと上昇していく。
「高い! 高いです! 料理長、見てください! 町があんなに小さく!」
「お写真をお撮りしましょうか?」
「お願いします!」
カードを渡すと、料理長が「笑ってください」と合図する。
木々生い茂る真緑の海。そんな雄大な景色をバックに、私が両手を広げてポーズをとると、料理長は穏やかな笑みを浮かべた。
「気持ちがいいですね。晴れていて良かったです」
「ほんとですね! 風が強いと揺れて気持ち悪くなっちゃいそう……」
「そもそも強風の日は、運転中止になることもありますから。これも、お嬢さまの日頃の行いが良いおかげですね」
それを言うなら料理長だってそうだと思う。
けれど、褒めると苦々しい顔をするから言うのはやめた。
代わりに、どこか楽しそうに外を眺める料理長の横顔を写真におさめる。
写真もずいぶんと数が増えてきて、まだ旅に出て一か月も経っていないというのにたくさんの思い出が出来たような気がする。
これをいつか料理長やお母さまたちと見返して、いっぱい笑える日が来たらいいな。
*
しばらくして、スカイレールが山頂に差し掛かると、料理長が「ここからがすごいですよ」と外を指さした。
「うわぁっ!」
森が開けて、料理長の背中側にどこまでも広がる青い海が見える。
「海だぁ‼」
キラキラと輝く一面の青。
料理長のブロンドがより一層眩しく見えて、私は再びカードを掲げる。
パシャリ。響いたシャッター音はいつも以上に軽やかだった。




