42.涙と笑顔のお別れ
「はぁ~! おなかいっぱいで幸せです、ありがとうございます!」
「とんでもない。気に入ってもらえたようで何よりだ!」
「そうですよ、こんな何もない村で……。フランさんたちのこれからのご予定は?」
クレアさんが入れてくださったお茶に口をつけていた私に代わって、料理長が「実は今日でこの村を発つ予定でして」と答えてくれた。
そう。収穫祭も終わって、私と料理長は今日でこの村を出発する。
宿を出払ったら次なる場所――こちらも料理長おすすめの、シュテープ一大きい漁港へと向かうことになっている。
せっかくクレアさんと仲良くなれたのに残念だ。私が眉を下げると同時、
「ももも、もう、出発されるんですか⁉」
クレアさんが大きな声を上げた。
「せ、せっかく……その、なな、な、仲良く、なれたと思って……」
じわっと目じりに涙を浮かべる様は、私よりも年下に見える。多分、クレアさんの方が少し年上のはずなのに。
「ああ、あた、あたし……ま、まだ、いいい、色々と、フランさんにお聞きしたいこととか……こ、国都のこととかも……」
いっぱいおしゃべりしたいことがあったのに。
消え入りそうな声で呟いたクレアさんが床を見つめると、彼女の瞳からパタリと涙がこぼれた。
「クレアさん⁉」
「すす、すみません! あ、あたし……その……」
「大丈夫ですか」
「だ、大丈夫、ですぅ……。えぐっ……うっ……」
ぐすぐすとしゃくり上げるクレアさんはどこからどう見ても大丈夫じゃないのだけれど、彼女は必死に目をこすって涙を止めようと抵抗している。
料理長がオロオロし始めると、慣れているのかクレアお母さんが「涙もろいんですよ」と苦笑した。日常茶飯事らしい。
「こ、この村で……ああ、あんまり、同じ年くらいの、友達なんて、いなかったから……あ、あたし……嬉しくて……。でも……」
私の体は無意識のうちにクレアさんの方へ向いていた。
「離れていてもお友達! ですよ!」
涙でびちゃびちゃになってしまったクレアさんの手を握る。震えるクレアさんの手は冷たくて、なんだかこちらまで心細くなってしまう。
「電話だってありますし、連絡だってたくさんします! 会えなくても、たくさんお話しましょう!」
だから大丈夫。
自分に言い聞かせるみたいに大きくうなずいて、クレアさんを励ませば、彼女もようやくその涙を止める。
「あたし……本当に、フランさんと、お友達でも良いんですか? ああ、あたしは、普通の人間だし……フ、フランさんは、テオブロマのご令嬢で……つ、つり合いません!」
「関係ないですよ! 私はクレアさんの作った商品がすっごく大好きだし、クレアさんのこともかわいいって思ってます! クレアさんのご両親だってすごく良い方だし、養鶏場も、この村も素敵です!」
「で、でも……」
「周りに何と言われようと、私は私の気持ちには正直でいたいんです。だから、クレアさん。クレアさんさえ良ければ、これからも仲良くしてください! 離れていても、お友達になってくださいますか?」
出会った時みたいに、もう一度。
お友達になってほしいとお願いして、クレアさんを見つめる。
彼女は美しいブルーの瞳をめいっぱいにパチパチとせわしなく動かした。
「よろしく、お願いします」
か細い震える声と共に、握り返された手。
先ほどとは違って、ほんのりと熱を帯びている。
「良かったぁ~!」
勢いよくクレアさんを抱きしめると、クレアさんは「ひぃぃぃ!」と大きな悲鳴を上げた。
あ、まずい。これ、デジャブ。
また倒れちゃうかも、と体を離せば、クレアさんはなんとかギリギリのところで耐えていたようで、
「ががが、頑張ります、頑張ります」
と謎の宣言。
お友達って頑張るものだっけ?
でも、クレアさんが良いと言ってくれているのだから、良いのだろう。
うん、終わりよければ全てよし! だ!
「クレアさん、連絡先、交換しましょ!」
「ははは、はいぃぃ……!」
オズオズと差し出された魔法のカードを突き合わせて、お互いに連絡先をやり取りする。
クレアさんのアイコンがポンと画面上に表示された。
「クレアさん、国都についたら連絡してください! 料理長がおいしいお店を紹介します!」
「お嬢さま⁉」
「私は、お母さまたちに良い宿とかお店がないか聞いてみますね!」
適材適所ってやつです、料理長!
国都経験者の私がクレアさんをリードしてあげたいのだ。ふふんと都会人ぶってみたら、クレアさんがキラキラとしたまなざしをこちらに向けてくれた。
これぞ、立派なレディってやつじゃない?
「フランさん、本当にありがとうございます!」
クレアさんの表情が満面の笑みに変わる。
クレアお父さんとクレアお母さんもにこにことやわらかにクレアさんを見守っていて、なんだか胸があったかくなる。
「こちらこそ、ありがとうございます!」
「ふふ、どうしてフランさんがお礼を?」
「私もクレアさんのおかげで、一歩レディに近づけたので!」
「レディ?」
「……すみません、クレアさん。こちらの話です」
料理長もなんだかんだ呆れたような口調ではあるものの、その顔はどこか穏やかだ。
「そうだ、クレアさん。料理長は、自分のカードがなくて連絡先がないんです。でも、ずっと私と一緒にいるので、料理長の声が聞きたくなった時も私の方に電話してきてくださいね!」
「えっ⁉」
「お嬢さま⁉」
「え、だって、クレアさん、イケメンが好きって……もが!」
「ふふふ、フランさん! ダメです! ダメです! 忘れてくださいぃぃ!」
忘れるも何も、料理長自身も聞いていたと思うのだけど。
慌てふためくクレアさんに口をしっかりと封じられてしまったので、それ以上は私も何も言えない。
というか、イケメンと褒められている張本人もそれ以上聞くのが恥ずかしいのか「忘れましょう! 忘れました!」と珍しく大きめの声量でクレアさんを応援している。
お嬢さまを守るのが付き人じゃないの⁉
私たちのやり取りを仲睦まじく見守っているクレアお母さんとクレアお父さんに助けを求めようとしたけれど……二人の目に、ちょっとだけ涙が浮かんでいるような気がして、私はそのままクレアさんの手の中でもうしばらくもがいてみることにした。




