40.家族の優しい朝食(2)
クレアさんたちの騒動がひと段落したところで、私は目の前に置かれたコカトリスのテールスープを持ち上げた。
出汁の香りと爽やかな柑橘の香りが鼻をつく。
見た目は完全にヘビなんだけど……この匂いが食欲をそそる。
うぅ……。食べたいような、食べたくないような……。でも、コカトリスの尻尾だって大切な命だ。食べなきゃダメよ、フラン!
スプーンをさしこんで、ヘビの皮そのままにも見えるそれをすくいあげる。
チラリと周りをうかがうと、みんななんてことのない顔をしてスープに口をつけていたから、多分味は普通なんだろう。
「いきます!」
いざ! 実食!
えい、と口の中へスプーンをほうりこむ。
うん。スープはおいしい! 出汁の旨味と柑橘の爽やかさが朝にはぴったり。特に柑橘の香りが後味をすっきりとさせていて、朝でも重くない。
肝心のヘビは……。
プルンとした食感で、噛んでも噛んでも嚙み切れない。
「……ん、んぅ?」
味がない、わけじゃないと思うけれど、とにかくスープの味に負けている。
食感はもちもちしていて面白いし、別に嫌な感じもないんだけど……。なんだか不思議だ。
「お嬢さま?」
「えぇっと……その……噛み切れません」
料理長の不思議そうな視線に答えると、目の前のクレアさんが「食べたんですか⁉」と目を丸くした。
「え! これ、食べちゃダメなんですか⁉」
「いいい、いえ! た、食べれはしますが……その……あまり、おいしいものじゃない、ですよね?」
「えっと、その……正直に言うと、味がしない、というか……」
味のしなくなったガムを永遠に噛み続けているような感覚だ。じゅわりと水っぽい肉汁的なものはあふれてくるけれど、それすらも味がない。
ほとんど無味無臭。
せっかくクレアお母さんが作ってくださったのに申し訳ない。
そうは思うものの、ここで嘘をつくのも変だと正直に答えたのに……。
「ははは、はやく! はやく口から出してください! ああ、えっと、ティッシュ! お母さん、ティッシュ!」
「あらあらあら、フランさん、初めてだったんですね? はい、どうぞ」
まさかの親子そろって私に、コカトリスを吐き出せと言う。
なんてこった!
とはいえ、一度口にしたものを出すなんて。さすがの私も無理! 恥ずかしすぎて死んじゃう!
無理やりゴクンと飲み込むと、クレアお父さんがガハハと笑う。
「フランさん、このヘビは食べるもんじゃねーぞ。いや、食えなくはないがなぁ、なんせ味がせんもんで! こんなもんを食べるくらいなら、他のもんをもっと食べたほうがいい!」
「ほえ⁉ っていうか! それなら早くそうと言って欲しかったです!」
なんで後から言うの、とみんなにジト目を向けると、隣で料理長が机に頭をぶつける。
ダイナミック土下座だ。
「すみません、お嬢さま。まさか食べるとは思いませんでした……」
どうやら、この見た目のものを食べる人間は少数派らしい。
だって、命は大切にってさっき言ったばっかりじゃん!
とはいえ、食べられなくはない。私もとりあえずもらったティッシュで口を拭き
「まずくはなかったです! 味のしないジューシーなガムを噛んでるって感じでした」
といつも通り感想は伝えておく。
ちゃんとスープはおいしいことも付け加えて。
「スープの出汁をとるのに使ってるんですよ。基本は鶏の骨を煮込んで出汁をとるんですが、それだけでは味が一辺倒になってしまうので、毒抜きしたコカトリスの尻尾を一緒にいれてやって味に奥行きを出すんです」
料理長の解説に、クレアお母さんがうんうんとうなずく。
「今回は、スープの出汁にもコカトリスを使いましたから、わざと味を薄めるためにも使っています」
「なるほど。そういう使い方も出来るんですね。それは知りませんでした」
料理人同士の会話をききつつ、私はスープカップに残ったコカトリスの尻尾をすくう。
「どうして入れたままなんですか?」
出汁をとるだけなら、別にカップへ一緒によそう必要なんてなかったのに。
多分だけど、料理長ならこの尻尾はカップへスープを注ぐ際に取り除いてしまうだろう。
クレアお父さんが「それはなぁ」とニヤニヤしながらスープを一口。
もったいぶった言い方に、ついつい私も前のめりになってしまう。
「見た目にインパクトがあるからだ!」
「それだけ⁉」
もったいぶった割にはシンプルな理由。
そりゃまあ確かに、この見た目はヘビだけに超ヘヴィだけど!
「大事なことさ。うちのような小さな村の養鶏場がやっていくには、見た目のインパクトも必要なのさ。もちろん、味がうまいことが一番だが、興味を持ってもらわなくちゃ始まらないからな!」
まさか食べるやつがいるとは思わなかったが、と笑われてしまったけれど、クレアお父さんの言うことはごもっとも。
仕入れたものを売るには、とにかく手にとってもらわなくちゃいけないもんね!
私ったら、基本的なことをすっかり忘れていた!
「勉強になります!」
勢いよく頭を下げると、クレアお父さんの笑い声が再びコテージに響いた。
一度見たら忘れないテールスープを写真におさめてお父さまへ送る。
お母さまに送ったら、きっと卒倒しちゃうもの。いつもは二人に送るけれど、さすがにこれはダメだな、と私は魔法のカードをカバンへしまいこんだ。
*
テールスープを飲み干した後は、お母さま一押しの卵焼きとコカトリスの酒蒸しをいただいて、私のお腹もずいぶんと満たされた。
卵焼きはふわふわのトロトロでいくつでも食べられそうだったし、酒蒸しはとにかくあっさりと淡泊で食べやすかった。
クレアお母さんは本当にお料理が上手みたいで、料理長もそのレシピをもらっていた。
もらったレシピを大事そうに抱える愛くるしい料理長に、クレアさんが鼻血を出したことにはびっくりしたけれど、とにかく楽しい朝食だった。
そろそろテーブルの上に出ていたたくさんのお料理も片付いて、おしまい。
そんな風に思っていたら……。
「フランさん! あ、あの!」
クレアさんがそわそわした様子でテーブルの端に置かれていたお茶碗をこちらへ差し出す。
「じ、実は、と、とっておきの締めが、あああ、あるんですけど……!」
おどおどしながら私をうかがうクレアさんは可愛らしい。
「ま、まだ、た、食べれますか……?」
「もちろんです! お願いします!」
私の即答に、クレアさんはパァッと笑みを浮かべた。




