4.はじける秋の風物詩(1)
「では、お嬢さま。まずは今晩の宿を決めましょう」
ひとまず私たちは、無限にお金が沸いてくるらしい魔法のカードを使って、何泊かするための宿を確保することに。
本当は新しいおうちを探したかったけど、おうちを買うのは色々と大変みたい。
おそらく唯一の常識人である料理長を先頭に町へと向かう。
お屋敷街の景色は見慣れていたつもりだったけれど、塀の装飾や玄関先に置かれた変な彫刻など、新しい発見もたくさんある。
「あ」
突如、前を歩いていた料理長がピタリ。
何かあったのかな。料理長と同じ方へ顔を向けると……。
「フリットーだぁ!」
レンガ塀の向こうに、ツルの絡みついた格子状の木枠が見えた。
木枠からはいくつものさやが垂れている。
これが春だったなら紫色の花が垂れ下がっているところだけど、今はもう秋。次の春に向けて、フリットーも準備万端のようだ。
風が吹くと、種を詰め込んださや同士がぶつかって、カラカラと乾いた音が鳴る。
「こんなにいっぱい! すごいです!」
近くで見ようと塀へ駆け寄った途端――パンッと軽い音がして、私の真横を何かがかすめた。
「ひょぁっ⁉」
思わず両手で顔を覆う。
なんだ! 敵襲か! きしゃぁ!
ファイティングポーズを取ると、ポカンと口をあけていた料理長が一拍置いて、プルプルと笑いをこらえた。
「ふっ……くっ……すごい、タイミングでしたね」
「な、なんですか今の!」
「フリットーがはじけたんですよ。お怪我はありませんか?」
「ギリギリでしたが! 無事です!」
それにしても、と塀向こうのさやを改めて見つめる。
「フリットーってはじけるんですか⁉」
「さや……正確には、豆果と言いますが、その皮が乾燥してねじれるんですよ。その時に、中につまっている種が押し出されて飛び出るんです」
「へぇ……! 料理長、詳しいんですね!」
「フリットーは、シュテープでも秋の味覚の代表格ですし。技術はともかく、料理の知識だけはありますから」
料理長はそう謙遜したけれど、毎年フリットーを食べている私はもちろん知らなかった。
「知ってるだけでもすごいです! 教えてくれてありがとうございます!」
乾燥でねじれた皮が種を飛ばすなんて面白い。しかも、お花は綺麗だし、種はおいしいし。
フリットーも料理長くらいすごい植物だな。
フリットーと料理長を交互に見比べると、料理長は恥ずかしかったのかフイと目をそらした。
もっと自信を持ってもいいのに!
フリットーのことを喋っていたら、口の中がフリットーの味になってきた気がする。
あの甘くてほっこりした……。
「すまんのぉ! まさか人がいるとは思わなんだ。大丈夫かい?」
「ひぃぇっ⁉」
うっとりとしている私の頭上から声がして、すっかり腰が抜けた。
間一髪のところで料理長が支えてくれたから事なきを得たけど、ドッキリが大成功すぎる。
「おや、テオブロマ家のフランちゃんじゃないかい」
「ほえ?」
名前を呼ばれて顔を上げると、そこには、お父さんのお酒仲間、エンテイおじいちゃんの姿があった。
「おじいちゃん!」
「フランちゃんがこの辺りを歩いてるなんて珍しいね。……隣の方は初めましてかな?」
「初めまして。僕は、元テオブロマ家料理長、本日よりフランお嬢さま専属の付き人を任命されました、ネクター・アンブロシアと申します」
「これはこれは、ご丁寧に。ガーデナーをやっております。エンテイです」
おじいちゃんと料理長は軽く会釈する。
顔を上げたおじいちゃんは、私と料理長がどうしてここに、と首をかしげた。
「お二人でお出かけかい」
「ううん。今日から二人で修行なの!」
「修行?」
「十八才になったから、そろそろ将来のことを考えろって。おうちを追い出されちゃった」
私の言葉と共におじいちゃんが視界から消える。
直後、塀の向こうからガシャガシャン! と大きな音がした。
「だ、大丈夫ですか⁉」
料理長の問いかけに「なんとかなぁ」とくぐもった声が聞こえる。どうやら、おじいちゃんはハシゴから足を踏み外したらしい。
しばらくすると、腰をさすったおじいちゃんが玄関からこちらにやってきた。
「おじいちゃん! 大丈夫⁉」
「あぁ、わしは大丈夫だ。それより、フランちゃんこそ大丈夫なのかい⁉」
「私? 超元気だよ!」
なんのこと? と首をひねると、隣で料理長が深いため息を吐く。
「申し訳ありません、エンテイさま。これには深いわけがありまして。すべては僕のせいなのです。お嬢さまは、僕をかばってこのようなことに」
料理長をかばった記憶のない私の頭に、はてなマークが増える。
おじいちゃんもまた、私たちを見比べて
「とりあえず、中に入ってお茶でもどうですかな?」
やや困ったような、けれど温厚な笑顔で空気をやわらげた。
「ちょうど休憩しようと思っていたところでね。フランちゃん、フリットーは好きかい?」
「大好き! ありがとう、おじいちゃん」
「アンブロシアさんもどうぞ」
おじいちゃんは遠慮がちな料理長の背を押して、屋敷の中へ私たちを案内してくれる。
ガーデナーなだけあって、おじいちゃんのお庭にはたくさんのお花が咲いていた。見たことのないような植物もいっぱい。
まじまじとそれらを見ていると、おじいちゃんは「全部、フランちゃんのお父さんが買い付けてくれたものだよ」と教えてくれる。
両親の貿易品は食べ物ばかりだと思っていた。植物も取り扱ってたんだ。
「本当に良いのですか?」
料理長はいまだ落ち着かないみたいで、ソワソワと視点が定まっていない。
おじいちゃんがそんな料理長をのんびりとあしらうと、いよいよ彼は閉口した。
やがて、美しい庭の真ん中にかわいらしい木製のテーブルが現れる。
「ちょっとお茶を持ってくるから、ここで待っててくれ」
おじいちゃんは私たちを座らせると、お屋敷の中へと戻っていった。
「料理長、そんなに緊張しなくてもおじいちゃんは良い人ですよ」
「それは分かっていますが……」
どうしてそんなに強張った顔をしているのだろう。もしかして、料理長、人見知り?
それとも、ネガティブだから色々考えすぎてるのかな。
「大丈夫ですよ! おいしいフリットーを食べて、元気を出しましょう!」
安心させるつもりでへらりと笑うと、料理長は一瞬の沈黙をはさんで作り笑いを浮かべる。
「お嬢さまは、本当に食べることがお好きなのですね」
料理長のその言葉が、なぜだか私の胸に引っかかった。