39.家族の優しい朝食(1)
「ほわぁ!」
思わず絶叫にも似た声が漏れてしまうほどに、素晴らしい光景だった。
大きなテーブルを埋め尽くす卵料理に鳥料理。しかも、明らかにヘビを彷彿とさせる料理もあって、まさに壮観。
「すごいです! これ、全部私たちの朝食ですか⁉」
とても二人では食べきれないような量にも思える。
「そうですよ。クレアのお礼もかねていますから、遠慮なく食べてくださいね」
「さすがにこれは……」
料理長は言いにくそうにこちらをチラリとうかがう。
大丈夫です、料理長。
私、フラン・テオブロマ。これくらい、朝飯前です!
ぐっと親指を立てると、料理長は小さくため息をつく。
「ご無理だけはなさらずに」
呆れたのか、諦めたのか。その真意は分からないけれど、どうやら遠慮することはやめたみたい。
「あ、でも! どうせならみんなで食べたいです!」
はい! と挙手すれば、クレアファミリーが顔を見合わせた。
「でで、で、ですが……」
身分の違うもの同士が同じテーブルにつくなんて。
クレアさんの顔にはそう書いてあるように見えるけど、どうせならみんなで食べたほうがおいしいに決まっている。
「お嬢さまは、おいしくお料理を食べることに妥協のない方ですから。お食事は、大勢で食べたほうがおいしいと言いますし」
料理長の謎のフォローも入って、クレアファミリーも「それなら」と席についてくれた。
料理長、グッジョブ!
再びサムズアップして見せると、料理長は苦笑する。
「だんだんとお嬢さまのことが分かってきたような気がします」
「嬉しいです! 私も、もっと料理長のこと知りたいです!」
「そんな張り合わなくても……。さ、せっかくですから、あたたかいうちにいただきましょう」
両手を組めば、自然と声も重なって。
「「我らの未来に幸あらんことを」」
私と料理長、クレアファミリーの五人分の声がコテージに響く。
豪勢な朝食は今までにない賑やかさで、お屋敷にいた時のことが頭によぎった。
お母さまたちとも、またここに来よう。
「あの、写真を撮ってもいいですか? お母さまたちに送りたいんです」
クレアお母さんが快くうなずいてくれたので、すっかり手慣れたカードでパシャリ。
そのままクレアさんたちを映すと、三者三葉の反応を見せてくれた。
クレアさんは赤面し、クレアお母さんは恥ずかし気にはにかんで、クレアお父さんは決めポーズ付き。
うん、良い写真だ!
「フランさんは、どうしてこの村に?」
写真を撮り終えて配膳をしてくださるクレアお母さん。その手つきはさすがに慣れている。
「旅の途中なんです! 実は私、お屋敷を追い出されちゃって!」
「お、お屋敷を追い出されて……⁉」
「お嬢さま、誤解を招きます!」
あれ? このやり取りはデジャブかも。追い出されるって表現はあんまりよくないみたいだ。嘘はついてないけど、今度からは気を付けよう。
「えっと……武者修行、的な? やつです! 実際にいろんなものを見て学んできなさいって。私にとっては、これがお仕事の勉強になるっていうか」
大したことはまだまだしていないけれど、本当に良い勉強になっているのは事実。
お母さまやお父さまのお仕事がどれほど大事ですごいことかも、最近はなんとなくわかるようになってきた。
「そうだったのか! いや、フランさんは偉いなぁ! うちのクレアなんか……」
「やめてよ、お父さん!」
「だがなぁ……。なんで養鶏場をつがないんだ?」
「そうよ、クレア。あなた、国都で雑貨屋だなんて……」
クレアさんは「別に」と口をつぐむ。
まだ朝食も始まっていないのに、なんだかちょっとだけ空気が重い。
それに……。
「クレアさんはすごいです! お裁縫も上手だし、アクセサリーも作れるし! 収穫祭も一人でお店を出してて!」
クレアお父さんとクレアお母さんの気持ちも分かるけど、私はクレアさんの作った雑貨がすごくかわいいと思ったから。
ダメだなんて言わないで欲しい。私がすごいなら、クレアさんはもっとすごいよ!
「国都でも十分通用します! 私が商売をする時には、絶対クレアさんの雑貨を売りたいって思ってるんです! だから!」
「だから……?」
「クレアさんを私にください!」
ガバリと頭を下げると、一瞬の沈黙がコテージを包む。
クレアお母さんがよそってくださったスープからふわりと香りが立ち込めた瞬間――
ガハハ、とクレアお父さんの笑い声が響いた。
「嫁にもらうみたいな言い方だな! はは、こりゃまいった!」
「ほえ?」
「いや、お嬢さまにそう言われちゃ、俺たちも何もいえねぇなぁ。何、クレアを否定してるわけじゃない。養鶏場の跡継ぎがいないのは困るが、俺たちもまだまだ現役だしな!」
私とクレアさんが目をぱちぱちとしばたたかせると、隣で料理長も必死に笑いをこらえていた。
クレアお母さんも「本当に仕方ないわね」なんて笑う。
「俺たちもそろそろ子離れしなくちゃなあ」
「そうね。クレアにこんな素敵なお友達が出来て嬉しいわ」
「……お父さんたち、反対してたんじゃないの?」
「してたさ。そりゃ、かわいい娘が国都なんてところに一人で行って、それも自分の手だけで稼ぐんだ。どれほど苦労するか、分かっちまうのが大人ってもんだ」
「でも。そうね、フランさんがこう言ってくれるなら、大丈夫かもって思えるのよ。それに、クレアよりも年下のフランさんが武者修行を頑張っているんですもの。クレアだって一人で頑張れるわ」
クレアお母さんはニコリと微笑んで、優しくクレアさんの頭を撫でる。
「心配してたの。お母さんたち、国都のことなんてなんにも知らないし。でも、思い切って突き放してみることも必要よね。……追放ものってまだ流行ってるのかしら?」
「何の話?」
「なんでもないわ」
やわらかに細められた瞳がお母さまとお父さまのものに重なって、なんだか私まで泣きそうになっちゃう。
誕生日パーティのあの日。お母さまたちも、きっと色々と考えていたのだろう。
「……あたし、国都へ行ってもいいの?」
「あぁ、頑張っておいで。何かあったら、すぐに帰ってくればいいから」
「そうね。クレア、気を付けるのよ。応援してるからね」
「うん! ありがとう、お母さん、お父さん! それにフランさん!」
キラキラと眩しいクレアさんの笑顔に、私と料理長もつられて笑う。
ひしと抱き合う親子の姿が美しい。
なんて素敵な朝食! 丸く収まって良かった!




