38.命いただく、その意味を
たくさんの鶏たちがこれでもかと住み着いている養鶏場は、朝からとんでもない賑やかさだった。
コケコケという鳴き声が耳に染み付いちゃった気がする。
「こんなにいっぱい飼ってるなんてすごいです!」
「そうだろう、そうだろう! この村一番の養鶏場さ!」
クレアお父さんが誇らしげにガハハと笑う。
この村一番どころか、この国でも上位を争う大きさかも。
「料理長は養鶏場って来たことありますか?」
「いえ。初めて来ました。まさかこんなに広いとは」
「料理長でも初めての場所ってあるんですね」
「僕を何だと思っていらっしゃるんですか……?」
お嬢さまのご期待に沿えず申し訳ありません。超高速で頭を下げられ、私ではなく、なぜか隣にいたクレアさんが驚いていた。
なんなら、クレアさんが「むしろこんな場所ですみません!」と頭を下げた時にはどうにかなっちゃうかと思った。
「もう! こんなにすごいところで謝罪大会はやめてください! クレアさんも胸を張って!」
「こ、こうですか……!」
ふん、と胸を前に突き出したクレアさんのたわわなお胸が揺れる。
「センシティブです!」
私がガバリと両手を広げて料理長から彼女を守ると、料理長は「見てません!」と顔の前でぶんぶんと両手を振った。
「さっきからみんなで何してるんだ?」
奥からクレアお父さんがひょこりと顔を出す。よほど私たちが騒がしかったのだろう。
「雑談だよ! っていうか、お父さんそんなのお客様の前で出さないで!」
クレアさんがバタバタとお父さんの方へ駆け寄っていく。けれど、クレアさんの奮闘むなしく、私と料理長がクレアお父さんの手に握られたそれに気づく方が早かった。
「コカトリスだ!」
クレアお父さんの手には完全に伸びてしまったコカトリスが一羽。
どうやら朝食用にしめてくれたらしい。
「どうだ、立派だろう?」
「はい! とっても!」
「お父さん! そんなに高々と掲げないで!」
「何、どうせ食うんだ。見えた方が命のありがたみが分かるってもんよ」
「フランさんはお嬢さまなの! 高貴な方に、こんな……見せられないでしょ!」
「クレアさん! 私、大丈夫です!」
今にも親子喧嘩が始まりそうな雰囲気を割って入れば、クレアさんが驚いたようにこちらへ振り返った。
真ん丸にした目が「正気なのか」と訴えてきている気がする。
「だだだ、大丈夫ってそんな!」
「確かに可哀想って思うけど……その分、おいしく食べてあげなくちゃ」
クレアお父さんの手の中でぐったりとしてしまっているコカトリス。まだ尻尾側についているヘビ頭の方は元気が残っているのか、こちらをじっと見つめている。
「……ごめんね。でも、私、あなたの分までいっぱい生きていくから」
命をいただくことから目を背けちゃいけない。
私がそっと祈りを捧げると、クレアさんもそれ以上は何も言わなかった。
「……えっと、料理長?」
後ろを振り返ると、なぜかズビズビと鼻を鳴らしている料理長の姿。
それに、前に立っているクレアお父さんもなぜか目を潤ませている。
「ずびばぜん……! お嬢ざまば、やっばり、立派な方だと」
嗚咽交じりでほとんど声になっていないけれど、どうやら褒めてくださっているらしい。
「当たり前のことですから! お母さまも、お父さまもそうおっしゃっておりましたし! 私も、いただいた命を無駄にはいたしません!」
だから、ほら。料理長、涙をお拭き。
ハンカチを差し出すと料理長はおずおずとそれを受け取った。
クレアお父さんもそっと目をぬぐい「俺たちも、おいしく調理してやるからな」とコカトリスに話しかけている。
今まで当たり前のようにお料理を食べてきたけれど、これからはもっといっぱい感謝して食べよう。
育ててくれた人にも、食材の命にも、ご飯を作ってくれた人にも。
「お母さまたちも、こうやっていろんなことを学んできたんですかね?」
「えぇ……。きっと、そうでしょう。お嬢さまも顔つきがたくましくなられたような気がします」
キリッとドヤ顔を見せれば、料理長はようやく少しだけ笑みを浮かべた。
クレアさんもあきれたように父親の背を見送り、
「他のところも見てまわりましょうか」
と次の場所へ足をすすめた。
*
「そろそろ朝ごはんが出来るそうですよ」
クレアさんが声をかけてくれたのは、私と料理長がコカトリスの飼育場をまじまじと見ていた時のことだった。
普通の養鶏場とは別に、少し離れた場所にある小屋の中でコカトリスも何羽か飼育していたのだが……これがまた面白くて、ついつい私たちは見入っていたのだ。
ヘビの頭で威嚇をして、鳥の頭でお互いを攻撃しあっていて、それはもう白熱のバトルだった。
コカトリスは魔物だけど、火を吹いたりはしなかった。ちょっと残念だ。
でも。
「いつもは普通の鶏をお出しするんですけど、今日は先ほどのコカトリスを使ったスペシャルメニューです! 楽しんでいってくださいね!」
クレアさんのその一言に、私の鼓動が高鳴る。
「普通の鶏肉よりもジューシーでコクがありますから、きっと食べ応えもばっちりですよ」
料理長の合いの手も完璧で、私のお腹がぐぅ、と音を立てた。
「早速行きましょう!」
誰よりも一番に駆け出すと、後ろから二人の声が聞こえる。
「お嬢さま、走ると危ないですよ!」
「フランさん! 急がなくてもお料理は逃げないですから!」
うん。さすがネガティブコンビ。息ぴったりだ。
「大丈夫ですよぉ! 早く行きましょう!」
ブンブンと手を振ると、二人はぜぇはぁと息を切らして駆けてくる。
朝食を提供しているというテラス付きのコテージまで、これまた距離がある。
けれど、コテージの方から漂ってくる香りは濃厚で、鶏肉と出汁の匂いが食欲をそそる。
油断すると口の中からよだれがあふれてきてしまいそうになるくらいだ。
さっきのコカトリスが一体どんなお料理に変身したのか楽しみ!
後ろから追いかけてくる二人の様子をうかがいつつ……抑えきれない気持ちが私の足を前へと進める。
「はやく~!」
二人に呼びかけると、料理長とクレアさんが「待ってくださいよ~!」と綺麗なユニゾンをみせた。




