37.偶然招く、養鶏場
「おはようございます! そして、申し訳ありませんでしたぁ‼」
翌朝。
宿の扉を開けると、勢いよく頭を下げる女性が一人。かわいらしい茶色のくせっけが揺れた。
「クレアさん?」
朝早くからどうしてここに。私が尋ねる前に、彼女が顔を上げる。その顔は涙でぐしょぐしょになっていて、かわいいけれど……うん、乙女にあるまじき顔かも。
「申し訳ありません! フランさん! そして、ネクターさん! 昨日のこと、両親や村の人から聞いて……! あああ、あたし、あたし……どうしたら……」
うわぁぁ、と顔を覆うクレアさんは、どうやら昨日酔いつぶれたことを謝りにきたらしかった。
料理長と同じレベルのネガティブさんだったから、なんとなく予想は出来たといえば出来たけど……。
「大丈夫です! 大丈夫ですから!」
別に迷惑をこうむった訳でもなんでもない。そりゃ、色々と大変ではあったけれど、その分村の人とも仲良くなれたし、いろんなお土産までもらえたし。
「そうですよ、クレアさん。僕も気にしておりませんし。何より、お嬢さまもこう言ってくださっておりますから。どうぞお顔を上げてください」
「ですが……」
「本当に大丈夫ですから! そうだ、クレアさん、ご飯はもう食べましたか?」
「い、いえ……まだ……」
「じゃあ! 昨日のランチの続きをしましょう! 私たち、今から朝ごはんを食べに行くところだったんです! この村にある養鶏場の朝ごはんがおいしいって聞いて!」
グイとクレアさんの手を引くと、彼女はひっくと息を飲みこんで、目をパチパチとしばたたかせた。
「そそそ、それ……う、うち、です……」
「え?」
「その養鶏場、多分、あたしの、おうちです……」
人は、すごい偶然を目の前にすると涙がひっこむらしい。
クレアさんはしばし驚いた後、「全力で昨日のお礼をさせていただきます!」と再び地面に頭がつくんじゃないかと思うくらいに頭を下げた。
*
「昨日、クレアさんのおうちへ行ったときは、養鶏場は見つからなかったですけど」
「この村は、とと、土地だけは、あまってますから……。家から少し離れたところに、そ、その、養鶏場が……あって……」
宿から村はずれのクレアさんのおうちまで歩いていく。
クレアさんの言う通り、村に立っているおうちの数は多くない。ポツポツと並ぶ民家の間は、全部小麦畑や野菜畑、何かの温室で埋められている。
それでも埋まり切らない土地があるくらいだ。
これぞ田舎って感じで、なんだかのんびりしたこの風景は好きかも。
時間の流れがゆっくりに感じるっていうか。
「この村は良いところですね」
今まさに私が言おうとしていたことを料理長が呟いてびっくりした。驚きのあまり、すごい勢いで料理長の方を見ちゃったから、彼も驚いたようにこちらを見る。
「私も、おんなじこと考えてました!」
「そうでしたか。空気も綺麗ですし、おいしい作物が育ちそうですよね」
「ですよね! なんか、のんびりしてるし」
「そ、そうですか? あ、あたしはやっぱり、国都の方が……」
「国都も良いところですよ! いろんなものがあるし、建物もいっぱいあって、人もいっぱいいて楽しいです!」
クレアさんは国都に行きたがっているからか、コクコクと大きくうなずく。
「あ、あたしもこの村が嫌な訳ではないんです。でも、やっぱり国都に憧れます」
「そうですよね! この村で育ってたら、私だって絶対国都に行きたい! って思ってましたもん!」
「だだだ、だから、その、フランさんたちが、この村を好きだと言ってくださって……う、嬉しいです」
ほわっと笑うクレアさんはやっぱりとってもかわいい。
いつもこんな風に笑っていればいいのに!
「クレアさんも国都に遊びに来てくださいね!」
「もも、もちろんです。絶対に、行きます! ……あ、お母さん!」
クレアさんが遠くにいた人影に手を振る。
彼女のおうちを通り過ぎた先にあったのは大きな建物で、そこが養鶏場らしい。
「あら、クレア! おかえりなさい……って! ももも、もしかして! あなた方が!」
クレアさんによく似た茶色のくせっけがチャームポイントなお母さん。
昨日、私たちはお父さんとお会いしたから、お母さんとは初めましてだ。
「あらあらあらあら……こんなところまで……本当になんとお礼を言っていいか! 本当にありがとうございました」
深々と頭を下げているお母さんの姿がクレアさんに重なる。
この親にしてこの子あり、だ。
「お母さん、フランさんたちね、ここの朝ごはんを食べに来てくださったんですって!」
「あら! そうなの⁉ やだ、すぐに準備しなくちゃ。お父さん、お父さん!」
「おう、なんだぁ」
「ほら、昨日の! クレアを送ってくださった都会の!」
クレアお母さん、その呼び方はちょっと恥ずかしいです。
「あぁ! そうかそうか! よく来たなぁ」
熊さんみたいな男の人が、養鶏場の扉を開けて顔を出す。
瞬間、たくさんの鶏がバサバサと勢いよく扉から飛び出して、広い草地をいっせいに駆け回った。
「昨日はありがとう。えっと、フランさんに、ネクターさんだったかい」
「とんでもないです! クレアさんが元気で良かったです! それにしても、まさか養鶏場がクレアさんちだったなんて!」
「ほ、本当に、すごい偶然です。おおお、おなか、いっぱいになるまで、たくさん食べてください!」
「そうだな! 二人にはクレアが世話になったし、いくらでも食べていってくれ」
「それじゃあ、私は準備をしてきますから。クレア、ほら、お二人を案内してちょうだい」
親子三人そろうとまさに似た者同士って感じだけれど、それぞれの役割が違うのか、てきぱきと慣れた様子でお仕事を分担していく。
お父さんはどうやら鶏係らしく、外に出た鶏たちに餌をばらまいていた。
お母さんはお料理係なのか、養鶏場の奥についているコテージへと歩いていく。
残ったクレアさんが私たちの案内係。
「準備が出来るまで、養鶏場をご案内しますね」
ふんすと拳を握りしめた後、何かを思い出したようにクレアさんがハッとこちらを振り返る。
「あああ、えっと! そそそ、その、大した、ものはないんですけど!」
付け足された言葉はやっぱりネガティブで、ちょっと笑ってしまった。
大したものじゃない、なんて。養鶏場を初めて見る私からすれば、それこそ大した問題じゃない。
「よろしくお願いします!」
クレアさんの後に続いて、私たちは養鶏場の中へと足を踏み入れた。




