35.事件発生⁉ 解雇通告!
村の人たちに助けてもらいながら、クレアさんをおうちまで送り届けて広場へと戻ってきたころには、すっかり夕暮れになっていた。
クレアさんの出していた屋台の片づけなんかもあって、なんだかんだ村の人たちと話こんでしまったのだ。
やっぱり私と料理長は目立つみたいで、村の人たちからどういう訳かたくさんのお土産までもらってしまった。
カバンの中にはたくさんの秋の味覚が大集合している。
「なんだか色々ありましたね」
「本当に……。僕もこんな経験は初めてです」
「これは良い思い出になりそうですね!」
収穫祭でおいしいものをたくさん食べられたら。
それだけのつもりだったのに、お友達も出来て、村の人たちともたくさん関われた。慌ただしかったけれど、中々できる経験ではない。
「お嬢さまといると本当に毎日が新鮮ですよ」
「料理長は毎日、お料理作ってばっかりだったんですか?」
「そうですね。基本的には料理漬けです。お屋敷から出ず、朝から晩まで厨房にこもっている、なんてことも多かったように思います」
「え! 超ブラックじゃないですか!」
「そんなことはありませんよ。多すぎるくらいのお給料もいただいておりましたし、何より、好きなことでしたから」
それなら良いけど。そう話をまとめようとしたところで、私はとある問題に気付く。
「あれ……ちょっと待ってください」
「なんでしょう?」
「料理長って今、私の専属の付き人なんですよね?」
「違ったんですか……⁉」
「いえいえいえ! そういう意味じゃなくて! 私、料理長にお給料とか払ってないんですけど……」
ここまでの宿代や必要な経費はすべて魔法のカードもといお母さまたちのお金で支払ってきた訳だけれど。
料理長は朝から晩まで私に付きっ切りだ。その労働時間に見合ったお給料は一度たりとも払ったことがない。
「これは! まずいです! 貿易以前に、法律違反で逮捕されちゃいます‼」
っていうか、仮に料理長がボランティアの一環でこれを引き受けてくれているとしても、だ。さすがにまずすぎる。テオブロマの名前に傷がつくどころの騒ぎではない。
「お嬢さま、落ち着いてください! むしろ、僕のせいでお嬢さまはお屋敷を追い出されているんですよ? クビになった僕を拾ってくださり、こうしてお側に置いてくださっているだけでも十分なのです!」
「落ち着くのは料理長ですよ⁉ そもそも、料理長はお父さまから正式に私の付き人として任命されているんですから!」
「ですが! 僕は今、料理もしていなければ、お嬢さまの付き人らしいことも出来ておらず……むしろ、職務を放棄しているような状況でして」
しまった。料理長のネガティブっぷりをなめていた。
このままじゃ普通に丸め込まれちゃう!
魔法のカードを取り出してお母さまの電話番号を呼び出す。
何度目かの着信音が響いた後……「はい」と懐かしい声がした。
「メイド長!」
「お嬢さま、ご無沙汰しております。いつも、たくさんのお写真や報告に奥さま方も喜んでおりますよ。お元気そうで何よりです」
穏やかなメイド長の声がじんと胸をつく。
お母さまたちとはよく連絡を取り合っているけれど、メイド長とは久しぶりだ。
そもそも、メイド長の連絡先なんて知らないし。
ってそんなことより!
「メイド長! 事件発生です!」
「今すぐそちらへ向かいます!」
「向かわなくていいです‼」
さすがに切羽詰まり過ぎている。
メイド長をどうどうとなだめて、事のいきさつを話す。
「そんなことですか」と、気の抜けたような返事が聞こえた。
「ご安心ください。それについてはすでに手配済みです。後二週間ほどもすれば、アンブロシアのもとへ新しいリッドが届きますから。そちらから受け取っていただけます」
「料理長用のカードってこと?」
「えぇ。今後、そちらに給料や建て替えた経費が全て振り込まれます」
私が「良かったぁ」と胸をなでおろした瞬間、隣で料理長が「困ります!」と抗議の声を上げた。
「へ?」
「僕は今、付き人としての職務を全う出来ているとはいいがたい状況です。毎日、お嬢さまと共に食べて寝て遊んでいるような体たらくぶりで……そこにお金をいただくなど」
スピーカー越しに料理長の声が聞こえたのだろうか。
少しの沈黙が続いた後、カードの向こうでメイド長が大きなため息を吐き出したような気がした。
「……お嬢さま。大変恐縮ですが、リッドのスピーカーをオフにして、アンブロシアへとリッドをお渡しいただけませんでしょうか」
端的に言えば、秘密の話をするから電話を代われ。
メイド長が怒った時に出す無言の圧を感じて、私は恐る恐るその言葉に従う。
普段とっても優しいメイド長が怒ると怖いのは、お屋敷じゃもはや常識だ。
「料理長……頑張ってくださいね」
そっとカードを料理長へ差し出すと、料理長も何か心当たりがあるのか。
彼の顔はすっかり青ざめていた。
*
「お嬢さま……大変申し訳ありませんでした」
数分後、カードを差し出した料理長の顔からはすっかり魂が抜け落ちていた。
なるべく会話を聞かないように出店を見ていたけれど、背後から聞こえる料理長の声がだんだんと小さくなっていったのは感じていたから、まぁ……そういうことだろう。
「まだメイド長とつながってますか?」
「はい。もちろんです」
「メイド長? フランです! お電話変わりました!」
「お嬢さま。あの男が付き人だなんてお困りではございませんか? 今すぐにでも他のものをお送りいたしましょうか」
「い、いきなりどうしちゃったんですか?」
「いえ。ただ、お嬢さまの快適な追放ライフをお助けするためには、あの男では不足が過ぎるのではと思いまして」
追放ライフって……。
メイド長はどうやら料理長のことはあんまり好きじゃないらしい。
お屋敷からも追い出されて、私の付き人まで解雇されちゃったら、今度こそ料理長は無職だ。
さすがにそれはまずいし、何より私だって別に料理長はちょっと変だけど嫌いじゃない。
なんとかして止めなくちゃ、と思った瞬間――
「お嬢さまから言いにくいようでしたら、わたくしから奥さまへお話させていただきます」
メイド長からの悲痛な最終通告が突き付けられた。




