34.酒は飲んでも飲まれるな!
早速連絡先を交換した私とクレアさんは、親睦を深めるためにランチを一緒に取ることに。
クレアさんは、死ぬほど腰が引けていたし生まれたての小鹿くらい足もガクガクだったけれど、料理長には弱いのか彼のお願い事は断れないらしい。
「ああああの、その、ほ、本当にこんなランチで良かったんでしょうか?」
クレアさんがおすすめだというこの村の特産品をいくつもテーブルの上に並べると、当の本人が泣きそうな顔でこちらをうかがう。
「これがダメなら、この世からおいしいものがなくなっちゃいます!」
「そ、そんなに……?」
「お嬢さまは食べることがお好きなんですよ。ですから、これは冗談ではなく……」
料理長も何か言いたげにこちらへ視線を投げかけてきたけど、その真意は分からない。
そりゃまあ、この量は三人で食べるには多すぎたような気もしなくはないけれど。
「とりあえず、こっちがヴィニフェラのパンです! そっちはマロンクリームパスタ、こっちは根菜サラダとサーモンフライで……これがキノコのバター炒めです!」
買ってきたお料理を端から順番に指さして説明すると、クレアさんと料理長の眉がどんどん下がる。見事なシンクロ率だ。
「ここ、こんな、普通の料理ばかりで……そ、その、大丈夫なんでしょうか……」
「ほえ?」
「ててて、テオブロマ家のお嬢さまが、食べるようなものでは……!」
慌てふためくクレアさんに、料理長が首を振る。
「クレアさま。お気持ちは分かりますが……ここは、ぐっとこらえてください」
「ですが……」
「これが、お嬢さまの修行なのです」
もうそれ以上は何も言うまい。料理長はどこか達観した表情だった。
「料理長の言う通りですよ! 私、この国のことを知りたいんです。この村のことも。みんなが食べてるものを一緒に食べて、みんなと一緒に過ごして、経験したり、勉強したりしているところで」
無理もしていなければ、むしろ楽しんでやっている。
このランチだって、クレアさんは「こんな料理」と言ったけれど、私にはお屋敷のごちそうと同じくらいおいしそう!
おうちじゃ食べられなかったようなお料理もあるくらいだし。
「それに、この村だってすごく素敵です! クレアさんにも会えたし!」
「そそそ、そんな!」
慌てふためくクレアさんの顔が真っ赤に染まっていく。
本当にかわいらしいお姉さんだ。料理長に似てちょっとネガティブだけど。
「さ、クレアさん! 一緒にたくさん食べましょう! それに、この村のこともたくさん教えてください!」
腕を組んでお祈りのポーズをすれば、クレアさんもそれ以上は無粋だと思ったのか、ゆっくりと食前のお祈りを捧げる。
「「我らの未来に幸あらんことを」」
いつもより一人分多い挨拶が、私たちとクレアさんのこれからを祝福してくれるような気がした。
*
お料理は本当にどれもおいしくて、私とクレアさんはお互いに顔を見合わせて、料理の感想を口々に告げていく。
はじめは緊張していたクレアさんも、喋り始めると少しずつ慣れてきたのか、村のことや食材のことをポツリポツリと教えてくれるようになった。
そこに料理長の料理談義が加わって、いつもよりもさらに賑やかなランチになる。
クレアさんがお酒を飲み始めてからは……さらに賑やかになった。
主に、クレアさんが、だけど。
「それでね⁉ 村長ったら、あたしがハンドメイド雑貨を売りたいって言ったらなんていったと思う⁉」
「うーん……村長さんだから、頑張れ! とか?」
「ぶぶーっ! フランちゃん、残念! 村長はねぇ、超お年寄りだからあ、そんな物わかりはよくありませ~ん!」
「クレアさん、少しお水を飲まれた方が……」
「あぁ~! イケメンについでもらうのって最高! こんなイケメンにお目にかかれるなんて……ネクターさんってぇ、独身ですかあ?」
「はぁ……」
とても同じ人物とは思えないほどにぐでんぐでんのクレアさんに、料理長もたじたじだ。
正直に言えば……これはすごく面白い!
「お嬢さま」
助けてください。料理長の視線がそう訴えかけている。
「せっかくの女子会なんですから、料理長も楽しみましょう!」
「そうですよぉ! フランちゃんの言う通り! 素敵な出会いにカンパーイ!」
「え、えぇ……⁉」
完全にクレアさんのペースに巻き込まれて、私たちもグラスを持ち上げる。
クレアさんは麦酒をゴクゴクと飲み干すと、「プハーッ!」と大きな声を上げた。
お昼から外で飲むお酒って最高においしい!
しかも、秋の味覚大集合なお料理たちはどれもすごくおいしくて、素朴でクセがないからこそついつい食べ過ぎてしまう。
「これが女子会……?」
一人、お酒ではなくジュースを飲んでいる料理長がボソリと呟いた言葉を、クレアさんが聞き逃すはずもなく。
「なんなんですか! あたしは、女子じゃないっていうんですかあ⁉ えぇ、そうですよ! あたしなんて、こんな田舎で生まれ育って、彼氏いない歴イコール年齢で、っていうかもう行き遅れって感じでぇ!」
クレアさんは、酔ってもネガティブみたい。
「そんなつもりでは! 申し訳ありません!」
こちらも負けじとネガティブな料理長が頭を下げる。
「謝られたら逆に傷つきますけどぉ!」
クレアさんはそう言いながらもケタケタと笑う。
お酒がまわって、いよいよなんだか分からなくなっているらしい。
お酒は飲んでも飲まれるな、とはこういうことかもしれない。
とはいっても、クレアさんはまだ麦酒一杯を飲み干しただけで、そんなにたくさんは飲んでいないはずなんだけど。
「フランちゃんはいいよねぇ! こんなにイケメンな料理長と食べ歩き旅だなんて……! やっぱりお嬢さまは違うわぁ! フランちゃん、超かわいいし? なんなんですかぁ、神様! あたしにはどうしてその一億分の一でも分けてくれなかったんですかぁ!」
うわぁぁ、と声を上げて机に突っ伏したクレアさんは……しばらくすると、ピクリとも動かなくなってしまった。
「……え?」
クレアさん、と肩をゆすると、彼女はむにゃむにゃと口を動かして「もう食べられましぇん」と笑う。
「料理長……」
本日二度目となるクレアさんの介護に、料理長は珍しく大きなため息を吐き出した。




