33.離れていてもお友達!
「お姉さんの商品はどれもすっごくかわいいですよ! 国都でも全然売れますから!」
メソメソと泣き出してしまったお姉さんを必死になぐさめていると、水を買ってきてくれた料理長が戻ってきた。
「どうぞ」と水を差し出す料理長のイケメンっぷりに、お姉さんの涙が引っ込む。
「料理長はちょっと……離れててください……」
「え」
「乙女の! 泣き顔なんて! 見せられません!」
本当は別の理由だけど、ごめんなさい。料理長。どうやらこのお姉さん、イケメン耐性がゼロのようです!
今にも鼻血を吹き出して倒れちゃいそうなんです‼
「と、とにかくお姉さんは泣き止んでください! 本当にどの商品も素敵ですし、私たちも気に入って買ったんですから‼ お情けなんかで買いませんよ!」
私が根気強く励ますと、お姉さんはようやくコクコクとうなずいた。
お水を一口含んで「すみません」と長い息を吐き出す。
「あたし、実は将来、国都でハンドメイドのお店を開くのが夢なんです……。今は修行中で……でも、こんな田舎で……あたし、イモくさいし……」
「イモくさい? お姉さん、超良い匂いですよ!」
「ダサイって意味ですぅ!」
ごめんなさい。
でも!
「お姉さんはダサくないです! 確かにちょっとオドオドしてる感じはあるけど、それすらもかわいい感じだし! お洋服だって、派手じゃないかもしれないけど、ふわふわとした優しい雰囲気が素敵です‼」
ね、料理長!
ぐるんと必死の形相で顔を向けると、料理長はぎょっと目を丸くさせつつもコクリとうなずく。
「えぇ、そうですね。すごく素敵な女性だと思います」
料理長、百点!
心の中でグッジョブ! と声をあげた瞬間、目の前のお姉さんからボフン! と音が聞こえた気がする。何かが爆発したけど。うん。大丈夫。多分。
「そうだ!」
良いことを考えた!
「修行中なら、私と一緒です! 修行が終わったら私はお屋敷に帰りますし、そうしたらお姉さんの商品だって私が貿易品として買えばいいんですよ!」
「へ……?」
鼻をハンカチで拭きながら、お姉さんがこちらに視線を向ける。
「私、フラン・テオブロマって言います。お姉さんの商品、すっごく気に入りました! どれもかわいいし、すっごく丁寧に作られてるのが分かります。だから、私が将来ちゃんとお勉強してお家を継いだら、貿易の品として売りましょう!」
ドンと胸をたたく。
お姉さんはパチパチと目をしばたたかせた後――
「て、てててて、て、テオブロマ⁉」
と再び大きな声を上げた。商売も、これくらい大きな声でやればいいのに!
「お姉さん、お名前を教えてください!」
「え、えと、クレアといいます……。クレア・フィトロール……」
「クレアさん! 私とお友達になってくれませんか?」
「へ?」
お姉さんは、ありえないと言いたげに口をパクパクと動かして私からも距離を取る。
あ、距離を取られるのってこんなに悲しいんだね……。料理長、のけ者にしてごめん……。
「なななな⁉ と、とと、友達⁉ あ、あたしと、てて、て、テオブロマ家のご令嬢が……⁉ な、なんで……」
ありえません。ありえません。夢に決まってます。
そんな風に自らの頬をペチペチとたたくクレアさんはかわいいけど、これは夢じゃない。
「修行がいつ終わるのか、お屋敷に戻っていつから商売が始められるか分からないけど……私だけの商品を持っていないのは面白くないですし! すぐにでも商売が出来るように、今からクレアさんを予約しておきます!」
ビシリ!
クレアさんに視線を定めると、クレアさんは再び泣きそうな顔をして「まだ死にたくない~」と地面に頭をこすりつける。
「ちょ、ちょっと! 本当にやめてください! そういうの! もう! おなかいっぱいなんです!」
こっちが泣きたくなっちゃうよ!
「とにかく、クレアさんだっていきなり来た私のことを信用できないでしょうし、商売させてくれって言ったって怖いと思うんです。だから、まずはお友達から!」
「で、でも……」
クレアさんはビクビクと体を震わせながら、私と料理長を交互に見つめた。
「大丈夫です。クレアさんのお気持ちは、僕には痛いほど分かりますが……お嬢さまは、悪い人ではないとお約束いたします」
背後から料理長がフォローしてくれたが、クレアさんにはイケメンとお嬢さまという謎の二人からに迫られてキャパオーバーになっちゃったみたい。
「ゆ、夢……?」
そんな一言を残して、フラリと後ろに倒れてしまった。
「料理長!」
「とりあえず、日陰で休ませましょう。落ち着けばきっと、お話も聞いてくださるはずです」
ひょいとクレアさんを抱えた料理長。
クレアさんが目を覚ましたら、きっとこのエピソードで再び倒れるんだろうな、と思いつつ……私も料理長の後を追った。
*
「あ、れ……?」
クレアさんが目を覚ましたのは、それから少しの時間が過ぎてからだった。
あまりにも起きなかったらお医者さんを呼んでこようと思っていたから、案外すぐに回復してくれて助かった。
「あ、あたし……⁉」
目の前にいる私たち二人に、クレアさんは再び距離を取るも――夢じゃなかったと分かって、うー、とか、あー、とか何やらブツブツと呟いている。
料理長を見ているみたいでやっぱりちょっと面白い。
「お友達になってくださいってお願いしたら、クレアさん倒れちゃったんです! びっくりしましたよ~! なんともなくて良かったです!」
ケラケラと笑えば、クレアさんはあわあわと視線をあちこちにさまよわせた。
「えっと、あたし……その……あの……本当に、あたしなんかで良いんでしょうか……」
「もちろんです! とはいっても、私たちももうすぐ別の町へ行くので、ずっと一緒にはいられないんですけど。離れていてもお友達でいてくれるなら!」
私が手を差し出すと、クレアさんはひとしきり戸惑いを見せた後、覚悟を決めるようにぎゅっと目をつぶり、手を差し出した。
「よろしくお願いします‼」
「もちろん!」
ガバリとクレアさんを抱きしめかえすと、市場に「ひょえ~~~~!」と謎の奇声が響き渡った。