31.秋のロマンを食べ比べ(2)
「マロンもどきは大丈夫だと思うのですが……。そちらもご無理はなさらずに!」
料理長からしっかり念をおされ……というか、むしろもう何も食べてくれるなと言いたげな瞳で嘆願された。
ネガティブスイッチが入った料理長はやけに頑固だ。
本当に、今までどんな人生を送ってきたんだろう。さっきのトロジだって、別に言うほど悪くはなかったし……。
「わかりましたから! 大丈夫ですよ、マロンもどきは私だって食べたことあります! 料理長だってお屋敷で出してくれたじゃないですか!」
この箱に入っている乾燥させたようなものは初めてだけど、生のものなら何度か食べた。
「す、すみません……。ですが、マロンもどきにも当たりはずれがありまして……」
「でも、この時期が旬なんですよね?」
なんてったって秋の味覚大集合なお祭りに参加しているくらいなのだ。
「マロンもどきは、鋼鉄貝と同じく産卵期を迎えるので……まぁ、その、旬といえば旬ですが! やはり、新鮮なものがおいしいですし! こうして、乾燥させたものは扱いが難しくて」
「すっごい保険かけるじゃないですか!」
別に料理長が作ったというわけでもないのに。いや、だからこそ、なのかな?
とにかく、今からでも謝り倒そうという気概の見える料理長をドウドウとなだめて、私は乾燥させたマロンもどきに手を伸ばした。
「わぁ!」
生のものしか食べたことがなかったから知らなかったけれど、乾燥させるとこんなしっとりした感触になるんだ。
そら豆くらいに小さくなっていて、指になじむ大きさもちょうどいい。
クン、と鼻に近づけてその匂いを確かめる。
あ、マロンもどきの香り! でも、磯臭さはまったくしない。どちらかといえば、燻製みたいな、おひさまの匂いがする。
「これ、全然臭くないです!」
ほらほら、と料理長へ差し出すと、料理長も苦笑しながら確かめた。
「確かに。良質なものを使っている証拠ですね。これなら、おいしくいただけるかもしれません」
料理長の許可も出たところで。
ポイと乾燥マロンもどきを口の中へほうり込む。意外とやわらかくて、舌で押しつぶせちゃうかも。
ゆっくりと舌の上で塩気を味わってから、そっと噛みしめる。
瞬間、乾燥しているとは思えないほどねっとりとした食感が伝わってきた。
「ん! んん~~! これは……!」
「これは……?」
「さいっこうです!」
マロンもどき本来がもつ独特で濃厚な香り。凝縮された塩気は辛すぎず、奥に隠された甘さがじわじわと広がっていく。
噛むほど、ギュウギュウに詰め込まれた旨味があふれ、よだれが制御不能です!
「ねっとりした食感と相まって、口いっぱいに濃厚で品の良いお味が広がって離れてくれません! 料理長! これは事件です!」
もう、これだけ食べて生きていきたい……。
「これ、すごくおいしいです! これだけ食べたいです! 売ってますかね⁉ お父さまへのお土産にしましょう!」
「確かに、旦那さまがお好きな味付けではありますね」
この間はお母さまにパニストのバターロールを贈ったから、今度はお父さまに。
私はまだお酒を飲み始めた初心者だけど、無類のお酒好きなお父さまの血を引いているから分かる。
この乾燥マロンもどきは、最強のお酒のお供だ!
「ちょっとした塩気がたまりません! しょっぱすぎないからいくらでも食べれちゃいますよ! 料理長! これはすごい食べ物です!」
「良かったです。お嬢さまがそんなにお気に召されるとは」
「生のやつよりも好きかも! 生のやつってもっと塩辛い感じがしませんか?」
「乾燥させたことで、甘みがより濃厚になったのでしょうね。生のものは鮮度が命ですから、海から引き上げたばかりで潮の香りも残っているでしょうし」
「ほえぇ~! だから、味がぎゅって詰まってる感じもするんだ……!」
めちゃめちゃおいしいです、と最後の最後までマロンもどきを堪能する。
見た目はトゲトゲしていて超凶悪な感じだけど、味は最高だ。元々生のマロンもどきも好きだったけど、これはますます好きになってしまった。
「この村は海に面していませんから、海のものをおいしく食べるために保存のきく製法を編み出してきたのかもしれませんね」
「これぞ、お料理から文化や歴史を知る! ですね!」
海から離れてもおいしく海産物が食べられるのは、人間の知恵あってこそ。
過去の全人類のみなさま、本当にありがとう!
「ははあ!」と天を仰ぐ私を見つめる料理長の視線は相変わらずだったけれど、まあ、ここはおあいこということで。
ネガティブモードな料理長を見ている私の目も、似たようなもんだろう。うん。
残る普通のマロンも、砂糖漬けにされていたのか優しい甘さがじんわりと心をあたたかくさせる一粒だった。
マロンもどきを食べた後だったから、余計にその繊細で上品な味が引き立っている。
ほくほくしつつも、しっかりと噛み応えのある食感だって完璧だ。
三つのマロン……いや、ロマンを食べ比べて、おなかの容量以上に気持ちが大満足!
とにかく本当に幸せ!
「本当に、この世界っておいしいものでいっぱいですねぇ」
はふぅ、と幸せのため息が出ちゃう。
まだまだ食べたいものもいっぱいあるのに、しばらくはこの幸せに浸っていたい気分。
「お嬢さま」
「はい?」
名前を呼ばれて顔を上げる。
とろけるようなアンバーの瞳がやわらかに細められていた。
「ありがとうございます」
「はえ⁉」
突然の感謝の言葉に、悪い気こそしないものの、びっくりしてしまう。
「な、なんですか急に⁉」
イケメンシールドが間に合わなかったじゃないか! くそう! こんなの卑怯だ!
料理長め、と私がイスを出来るだけ後ろに引けば、無自覚なイケメンはきょとんと首をかしげる。
「変なことを言いましたか?」
「少なくとも、お礼を言うタイミングではなかったかと!」
「はは。それは失礼を。ただ……」
料理長が目を伏せると、長くてフサフサとしたまつ毛が美しく揺れる。
少し言葉を選んでいるのか、料理長はほんの一瞬視線をさまよわせて、やがて、視線を上げる代わりに口角をもち上げた。
「お嬢さまと一緒にいると、おいしいものがこの世にはたくさんあるんだということが、思い出せるような気がするんです」
何を当たり前のことを。
私がポカンと口を開けると、料理長は「他のお店も見て回りましょうか」と立ち上がる。
すぐに背を向けられて、料理長の表情は見えなかった。




