304.夏・新たな発見、スウェース(2)
「ふわぁぁ~~~~っ! どれもすっごくおいしそうです‼」
運ばれてきたお料理を前に、私の口から思わずよだれが垂れる。
慌ててゴシゴシと拭ったけれど、ネクターさんにその場面をばっちりみられていたらしい。
「おなかがすいていらしたんですね」とネクターさんに苦笑されてしまった。
「だ、だって! すごくおいしそうです! それに、ワインもすっごく良い香り!」
「スウェースのヴィニフェラを使ったワインは、どれも芳醇で香り高いと評判なんですよ。やはり、素材が良いと違いますね」
ネクターさんもワイングラスを持ち上げて、その香りをめいっぱい楽しんでいる。
最初のころはあまり積極的にお酒を飲まなかったネクターさんも、心を許してくれるようになったのか、一杯だけは付き合ってくださるようになった。
次は羽目を外してくれるようになるくらいまで気を許す仲にならなくちゃ。
「お嬢さま、また悪いことを考えていらっしゃるでしょう」
「べ、別に! ただ、お酒に酔ってるネクターさんも悪くないけどなって思ってただけです!」
「なっ⁉ ぼ、僕はそんな失態はおかしませんよ!」
「いつかそんな失態を見せてくださるような仲になれるといいですね」
ふふん、と笑みを浮かべればネクターさんは全力で首を横に振る。
「もう十分ですよ」
ネクターさんはこの話題を一刻も早く終わらせるためか、ワイングラスを掲げた。
「乾杯しましょう」
「はいっ!」
「「我らの未来に、幸あらんことを」」
シュテープ式のお祈り。二人で声を揃えたら、互いのグラスをカチャンと鳴らす。
ワイングラスを傾けると、爽やかなヴィニフェラの香りが鼻に抜けた。
「ふぉぉ……良い香り……! ヴィニフェラ畑にいるみたいです……!」
一口。まったりとしたヴィニフェラの濃厚な甘み、ワイン特有の渋み、それでいて飲みやすいさっぱりとした後味。
まろやかな舌触りに、余計なえぐみは一切感じられない。
「おいしい……」
ほぉっと息を吐き出すと、目の前に座っていたネクターさんも同じくうっとりと目を細めていた。
「これは……気を付けないと、飲み過ぎてしまいますね……」
「大丈夫ですよ! 飲み過ぎて羽目を外しても良いんです!」
「悪魔のささやきはおやめください」
ネクターさんに真面目な顔でストップをかけられる。ケタケタと笑うと、「まったく」と呆れた声が聞こえた。
ネクターさん、最近物言いがだんだん容赦なくなってきてない? それも、仲良くなれたみたいで嬉しいんだけどさ!
私がワインをちびちびと楽しんでいる間に、ネクターさんがお食事を取り分けてくださった。
相変わらずこういう配慮がさりげなくて憎い。イケメンめ。
「ありがとうございます!」
そら豆と玉ねぎのチーズ焼きがのったお皿を受け取って、私は早速フォークですくいあげる。
とろぉっと溶けだしたチーズが、鮮やかなそら豆の緑と飴色の玉ねぎに絡まって、美しいコントラストを生み出している。
「ふぉぉ……おいしそう……!」
「シンプルな料理と調理法ですが、すごく食欲をそそりますね」
お互いに口へと運んで、はふはふと口の中で熱を冷ます。
「んんっ! あふっ! でも、おいひぃ……! チーズの塩気が! すごく良いですね! そら豆と玉ねぎの甘さが際立って!」
「味付けはチーズと塩コショウだけ、でしょうか? 素材の甘みが引き立っていて素晴らしいですね。そら豆と玉ねぎの食感も面白いですし」
ホクホクとシャキシャキ。それにチーズのとろっとしたなめらかさ。
見た目のコントラストだけでなく、食感にも違いがあって、それがまたこのお料理のおいしさにつながっている。
「カチョエペペも行きましょう!」
すでに空っぽになってしまった取り皿にパスタを盛りつける。
ネクターさんの分も、と彼のお皿に盛り付ければ、ネクターさんは複雑そうな顔をしていた。お仕事を取られて悲しいのか、それとも、取り分けてもらって嬉しいのか。なんとも面白い表情だ。
そんなネクターさんを無視して、私はフォークにパスタを巻き付ける。
そら豆と玉ねぎのチーズ焼き同様、チーズとコショウだけで味付けされたようなシンプルなパスタだけど……。
チュルンッ!
口に運んだ瞬間、濃厚なチーズの香りがぶわっと口いっぱいに広がった!
「ん! こっちもおいしい!」
パスタケのもっちりとした食感にチーズがよく絡んでいるし、コショウが味をピリッと締めてくれているおかげでくどくもない。
「しかも、ワインに合います~!」
濃厚なワインと一緒に飲めば、お互いに味と香りが高まる最強の組み合わせだ!
ワインの渋みがチーズの脂っぽさをしっかりと消してくれているのもポイントが高い!
「不思議なものですね。シンプルな素材と調理法なのに、シュテープではあまり食べたことがなくて……新鮮さがあります」
ネクターさんはいつものメモ帳を取り出して、パスタを食べながらペンを動かす。
お次はパン・デピスへ。どこからどうみてもパウンドケーキだけど、甘いどころか辛いらしい。
切り分けられたパン・デピスを一つ、お皿から直接手で取って口元に運ぶ。
疑っていたわけじゃないけれど、確かにスパイスの香りがして、なんだか不思議な気分だ。
「い、いきます……」
こういうお料理はちょっと緊張する。おそるおそるパン・デピスを口へほうり込むと
「わぁっ⁉ これは……!」
ピリリとしたスパイス独特の爽やかさと苦みが口に広がる。それを追いかけるのは優しいハチミツの甘さ。最終的には甘さがスパイシーさを覆って、口の中で溶けあう。
「複雑で……でも、すごく上品な味……! 後味もさっぱりしてるし、パウンドケーキみたいな重さもないし! それに、さっきまでのシンプルなお料理にぴったりで!」
お料理と飲み物、お料理とお料理が互いに引き立てあう素敵な食事だ。
「一杯だけにしておくつもりでしたが……これは……」
ネクターさんも、パン・デピスを口に運んで、悩ましげにワインを飲み干す。
「しかも食べ過ぎてしまいそうですし……」
「ネクターさん、好きなだけおいしいものを食べられる魔法の言葉を教えてあげましょうか?」
「なんですか?」
ネクターさんがきょとんと首をかしげる。
簡単なことだ。
「ただ、こう言えばいんです」
おいしいお料理には、この言葉が一番似合う。
「おかわり!」
皆さま、おかわり! 最後まで楽しんでいただき、ありがとうございました*
二人の旅は、これからも皆さまの記憶の中で続いていきます。
おいしいものを食べたくなった時、どこか旅に出たくなった時……ぜひぜひこのお話を思い出していただけましたら嬉しいです。
いつでも「おかわり!」しにきてください♪♪
最後までお付き合いくださり、本当にありがとうございました!
追伸
あとがきにちょっとした裏話を書かせていただきました。
よろしければぜひ、こちらも覗いていってくださいませ!