301.次なる旅行の計画は
「夏休みの予定?」
「はい! もう決まってたりしますか?」
ネクターさんは、もぐもぐとお魚のソテーを噛みしめてから、フォークを脇へよける。
食べる所作が美しいことはもちろんだけど、お魚の食べ方まで惚れ惚れするほど綺麗だ。
口を拭ったネクターさんは「まだ決めておりませんよ」と首を横に振った。
「それじゃあ!」
もうすぐ夏休み。ネクターさんの予定がなくて、私も自由にしていいと言われていれば、提案することはただ一つ。
「また旅行しましょう! 一緒に!」
私は魔法のカードを取り出して、用意していたプレゼン資料を空中に映し出す。
「……異世界食べ歩きツアー、クィジン大陸編?」
プレゼン資料に書かれた文字を、ネクターさんは不思議そうに読み上げる。
しばらくパチパチと目をまたたかせて沈黙した後、笑みをこらえきれなくなったのか、フルフルと肩を震わせた。
「いつの間に、こんなものをご用意してらしたんですか……? 最近は帰りが遅いと思ったら……」
「べ、別に! お仕事中に作ってたわけじゃないですよ! 休憩時間とか! 寝る前とか! な、夏休みが楽しみだっただけで! 別に! いいじゃないですか!」
何がツボに入ったのか分からないけれど、いまだ笑っているネクターさんに、私は思わずむくれてしまう。
こっちは真剣なのだ! またネクターさんと旅行したいし! 食べ歩きしたいし! それに、これだってお仕事につながるんだから!
「クッ……、ふふ、すみません。その、お嬢さまが、夏休みを楽しみにしていらっしゃるのがかわい……いえ、何といいますか、無邪気で良いな、と」
「バカにしてません⁉」
「してませんよ。それに、お嬢さまとまた旅が出来るのはとても嬉しいです」
ネクターさんはひとしきり笑った後、「ぜひ計画を教えてください」と続きを促す。
スマートにたしなめられたら、余計に私が子供っぽいじゃん! ネクターさんめ。いつか絶対に私が大人なレディになって見返してやるんだから。
「と、とにかく! 今回は、武者修行で行けなかったクィジン大陸の方へ行こうと思います! クィジン大陸の国にも、たくさんのおいしいものが集まってますから!」
私は空中に浮かんだ仮想スクリーンをスライドして、次のページへとすすめる。
「目的は、とにかくおいしいものを食べること! それから、めいっぱい楽しむこと!」
「分かりやすくて良いですね。具体的にどこの国に行くかはお決めになられているんですか?」
「よくぞ聞いてくださいました!」
ネクターさんの質問に、私はフフンと次のページを見せる。
プレゼン資料には、その国の国旗と地形、それに国名がしっかりと書かれている。
「クィジン大陸編、最初の国はスウェースです!」
ババーン! と自ら効果音をつけて発表すれば、ネクターさんは再び口元を覆って笑みをかみ殺す。相変わらず我慢しきれていない。
おまわりさん! この人、失礼です!
「す、すみません……。んんっ! す、スウェースは良い国だと聞いておりますし、良いのではないでしょうか」
「デシと似た特徴も多い国だし、プレー島群からも比較的近いので行きやすいかなって。それに、スウェースには独自の文化や珍しい食べ物も多いんですって! 言葉が少し違うんですけど、それも勉強になって面白いかなって思って選びました!」
私がしっかりと理由を説明すると、ネクターさんは「なるほど」と小さく拍手してくださる。うまくネクターさんを説得できたらしい。
「シュテープの夏と違って、スウェースなら涼しく過ごせるのもポイントです!」
私は次々とスウェースの魅力をネクターさんに説明していく。
ネクターさんはそのどれもを真剣に聞いてくださって「良いですね」と賛同してくださった。
「それじゃあ、ネクターさん! 夏休みは、私と一緒に旅行してくださいますか⁉」
「えぇ。喜んで。お嬢さまの専属の付き人として、地の果てまでもついていくとお誓い申し上げましたから」
ネクターさんはにっこりと笑うと、
「さ、食事が冷めてしまわないうちに食べましょう」
と料理の続きを私に勧める。
ネクターさんが選んでくださったレストランは、大衆食堂のような気軽さながら、どのお料理も食べやすく、飽きの来ない味になっている。
そのおかげか、お客さんも様々な層が来店していてすごく良い雰囲気だ。
「ネクターさん、お魚とお肉を交換してください!」
「かまいませんよ」
私が頼んだラムステーキをネクターさんに差し出すと、ネクターさんもお魚のソテーを綺麗に切り分けてこちらに差し出す。
「ありがとうございます! んん! このお魚のソテーもすごくおいしい! 白身が甘くてとろっとしてるし、お塩がしっかり聞いててご飯が進みます! それに、ライム? みたいな柑橘系の味がすごく爽やかで!」
「ラムステーキもおいしいですね。塩コショウだけの味付けなのに、すごく豪快で深い味わいです。ラム独特の臭みもないし……。肉もやわらかくて」
私たちは互いに半分こしたお料理を食べて、顔を見合わせる。
うん、ここのお店はみんなにおすすめできそう。さすがはネクターさんだ。
「いろんなお料理を食べてきたけど、やっぱりシュテープのお料理って安心しますね! 懐かしいっていうか、ふるさとの味ってこのことなんだなって」
「そうですね。どの国の料理もおいしいですが、シュテープの味付けは僕らにとってなじみ深いですから」
「でも、他の国のお料理もやっぱり食べたいです!」
「夏休みまで後少しですから。それに、どうしても食べたくなったらご用命ください。正確に再現できるかどうかはわかりませんが、少しはお役に立てるかと」
ネクターさんは最後の一口を頬張って、フォークとナイフをお皿の上に置く。
どんなお料理でも再現できる料理人が目の前にいるんだから、確かに、色々と作ってもらわなくちゃ損かも……。
「お嬢さま、悪いことを考えているお顔ですよ」
「そ、そんなことないです! 何を作ってもらおうかなって考えてただけです!」
「長く一緒にいると、不思議とお嬢さまの考えていることが分かる瞬間があるんですよ」
慌てふためく私に、ネクターさんが苦笑する。
「ですが、お嬢さまのためなら、どんな料理でも作ってみましょう」
「……ネクターさんってほんとずるい!」
イケメンなネクターさんに私が頬をふくらませると、彼は再び声を上げて笑った。




