30.秋のロマンを食べ比べ(1)
セイレーンチェアだけでおなかはふくれない。
……腹八分目? おなかは八分目から満たすもの!
「料理長! 次は何を食べますか!」
幸いにも広場は秋の味覚大集合中。食べきれないほどたくさんの食材や屋台が並んでいる。
料理長に食材のことを教えてもらいながら歩いていたら、どんなに満腹でも無限に食べられるような気がする。
っていうか、絶対食べられる!
「食べ過ぎないように気を付けてくださいね、お嬢さまは昔……」
「もう! 分かりましたから! あ、あそこのマロン食べ比べセットとかどうですか!」
小箱に三種類のマロンがちょこんと並べられている様子がすごくおしゃれだ。
マロンといえば秋のロマン! ドヤ!
私がふんすと説得すると、料理長も「あれくらいなら」と思ってくれたのか、ふむ、と小さくうなずいた。
「珍しいですね。通常のマロンだけでなく、トロジとマロンもどきが入ってるんですか」
「マロンもどきは海にいるトゲトゲのやつですよね? トロジは?」
「トロジは、野菜大国ベ・ゲタルの伝統的な木の実の一つですよ」
「ベ・ゲタル!」
「以前、行ってみたいとおっしゃっておられましたね」
「よし! そうと決まれば、早速食べましょう!」
料理長はいらないというので、一つだけ注文をして箱を受け取る。
美しく小箱へ陳列された三つのマロンは本当に宝石みたい!
「お嬢さま。お口に合わないと思ったら、無理には食べる必要もありませんからね」
「どういうこと?」
「トロジは正直、僕は……その、値段や手間に味が見合わないと思っているというか……」
「苦手?」
「苦手、というほどでもないのですが……」
「分かりました! 食べてみます!」
料理長の反応の意味。それはおそらく、食べてみなければわからない。
マロンよりも人肌に近い色をしたトロジの実をひょいとつまみあげると、料理長が眉を下げる。
うわぁ……不安そうな顔。
いたずら心が沸いて、わざとゆっくり口へ運ぶと、料理長はつられてますます眉間へしわを寄せた。
料理長、さすがに心配性すぎるよ!
特に匂いはない。
口に放り込んで、もぐもぐと何度か噛みしめてみる。
「……ん? ……ぅあ⁉」
渋! やば! 料理長をからかった仕返しなの⁉ 渋々、しぶ!
私が反射的に眉をしかめると同時、なぜか料理長も眉をしかめてあわあわと挙動不審になる。かと思えば、立ち上がってどこかへ行ってしまった。
しばらくして戻ってきた料理長の手には、どこからかもらってきたであろうお水の入ったカップが。
「どうぞ! こちらを! 大変申し訳ありません! お嬢さまにこのような!」
「だ、大丈夫ですから! 頭を上げてください‼」
水を差し出しながらテーブルにおでこがつくくらい頭を下げているイケメンほど目立つものはない。
しかもここは広場で、いろんな人がいるのだ。さすがに視線が痛すぎる!
とりあえず料理長からお水を受け取って「大丈夫ですから」ともう一度念押ししておく。
青ざめている料理長は、さすがにイケメンだとは思えなかった。こっちが心配になっちゃうよ。
「思っていたのと違ったってだけです! 見た目からフリットーみたいな味がするのかと思ってたので……普通に渋かったっていうか」
まずくもないし、別に食べられないほどではない。
こういうクセのある感じが好きな人もいるかも、みたいな?
料理長はしゅんとうつむいたまま、苦々しげにつぶやいた。
「トロジは、どれほどうまく調理をしても渋みが残ってしまうんです」
私が食べたいと言った手前、それを止めることも出来なかったのだろう。食べる前も料理長の歯切れは悪かったし。
「トロジは、苦みや渋みを多量に含んでいる木の実でして。ベ・ゲタルでも、収穫から食べられるようになるまでには一か月を要するのだとか」
「一か月⁉」
「アク抜きの作業に、最低でもそれくらいはかかるんだそうです。そうして手間をかけても、結局渋みは残るんですが……」
「でも、ベ・ゲタルでは普通に食べてるんですよね?」
こんなにおいしいものがいっぱい溢れている世の中で、わざわざそんなに頑張ってトロジを食べるなんて……。
修行? これを食べれないやつはベ・ゲタル民として認めん! 的な?
「ベ・ゲタルは野菜大国ですから、シュテープのようにデンプン……人間が活動するためのエネルギーとなるものが少ないのです」
料理長の専門的な講義が始まり、私は聞いたことのない単語を必死に頭へメモしていく。
「それこそ、まだ他国との貿易が出来ず食料が少なかった昔。トロジは、ベ・ゲタルの人にとっては貴重なデンプン源だったので」
「つまり、おいしいから食べてるんじゃなくて、栄養のために食べてるってこと?」
「まさしく。その文化が今でも残っているので、ベ・ゲタルでは伝統的な食べ物として、今でも食べられることがあるんだそうですよ」
遠回しに言ってるけど、貿易が進んだ今の時代では、ベ・ゲタルでもトロジはちょっとマイナーな食べ物になりつつある、的な感じだよね?
「それじゃあ、シュテープで見たことがないのは……」
「この国では、麦やパスタケが育ちましたからね。そちらの方が加工も楽ですし、味も良いですから。加工に手間がかかる上、貿易でさらに値段があがり、味がイマイチとなれば……普及しないのも当然でしょうね」
トロジ、不遇なり!
あまりにも可哀想すぎる。もっと大事に食べてあげればよかった。
栄養があるのに、高くて味がいまいちだからってポイされちゃうなんて……まさか、美しくて有能なのに神様のいたずらで王子様を奪われちゃう悪役令嬢ポジション⁉
「で、でも! 珍しいって意味では、食べられて良かったです!」
「もう二度と食べられないかもしれませんからね」
料理長が遠い目をして呟く。妙に哀愁が漂っていて、私は「うっ」と胸を押さえた。
「なんだか、そう考えるとおいしかった気もしてきました……」
「お嬢さま⁉」
「っていうか、国によって本当に色々あるんですね。トロジのことは絶対に忘れません!」
勉強になったよ、トロジ! ありがとう、トロジ!
先ほどまでトロジが鎮座していた箱の一角に両手を合わせる。
しっかりとお祈りして顔を上げると、料理長がなんとも珍妙なものを見る目でこちらを見つめていた。




