3.魔法のカードで生きていこう
「ところで、料理長。私たち、どうやって生きていけばいいんでしょう」
お屋敷の外へと放り出されて数刻。
カバンと謎のカード一枚の私と、もはや身一つな料理長。
しかも、頼みの綱だった彼は、お屋敷へ戻る選択肢を捨てた。
……つまり、私に残されたのは、この現実を受け止めることだけ。
覚悟は決まった。ポジティブシンキングだ。クヨクヨしても仕方ないもの!
小春日和な陽気が虚しさを強調している気がするけれど、知らんぷりをする。
「まず、寝床を用意しなくてはいけません」
「はい! 料理長!」
「なんでしょう」
「お金がありません!」
料理長は少し考えた後、私をまじまじと見つめ、お父さまからの最後のプレゼントを指さす。
「お嬢さま、そちらのカバンには何が?」
私は「残念ながら」と前置きしてカバンに手を入れる。
「じゃじゃーん! 謎のカードォーッ!」
何の役に立つのかは全く不明。お母さまがくださったものだから、決して悪いものではないはずだけど。
マットブラックに輝くそのカードをかかげると、料理長が突如私の手を掴んだ。
「お嬢さま‼ これはどなたから⁉」
「うぇっ⁉ おおおお母さまからです!」
「なんと! やはり素晴らしいお方だ! 実にお心の深い……」
「え……このカード、そんなにすごいんですか?」
「えぇ! それはもう! 最新式の生体認証システム一体型超高機能デバイスですよ! これ一枚あればこの世界を生き抜くことは容易いといっても過言ではありません‼」
あまりにも早口で、ほとんど理解できなかった。
「せいたい……?」
「生体認証システム一体型超高機能デバイスです」
「つまり?」
「お金の代わりに使用できるだけでなく、電話、娯楽、その他免許証や保険証にもなりえる超画期的デバイスです」
「魔法のカード、的な?」
「まさしく! まさか本物を見られるとは思いませんでした」
キラキラと目を輝かせる料理長は、本当に感動しているらしい。
私にはなんの変哲もないカードに見えるけれど。
「そんなに珍しいんですか」
「これを持っている方はそう多くないでしょうね」
「お母さんたち、すごかったんだ……」
「テオブロマといえば、世界屈指の貿易企業ですから。百年前なら、お嬢さまの命も狙われていたかも」
「マジですか⁉ 平和で良かったぁ……」
ラブアンドピースな現代最高!
とりあえず、料理長の様子から察するに、しばらくはなんとかなりそうだ。
魔法のカードを渡すなんて、私をおうちから放り出した意味がないような気もするけれど。お母さまたちも、努力や根性でなんとかしてほしいわけではないってことかな。
「とりあえず、しばらくはこの魔法のカードで生きていけるってことなんですよね!」
ぐっと拳を握りしめると、料理長も少しだけ肩の荷がおりたのか「そうですね」とはにかむ。その笑顔は、今まで見た中で一番爽やかだった。
「っていうか! これでおうちを買えば、全部解決じゃないですか!」
「家⁉ さすがにそれは……」
「魔法のカードなのに?」
「魔法のカードにも限度がありますから……」
言いながら、料理長は何かに気付いたのかハッと顔を上げる。
「お嬢さま、そのカードが使えるかどうか確かめてみても?」
「もちろんです」
料理長にカードを預けると、彼はしばらくカードとにらめっこした後、カードの表面を指ですっとなぞった。
すると、カードがチカチカと青色に点滅して……。
「ほわっ⁉」
カード上空に突如、キラキラと輝く球体が現れた。
かと思うと、本物のお水みたいにパチンとはじけて。水滴がクルクルとカードの上で回転し、真四角の画面へと変化する。
空中に水面のような仮想スクリーンが投影されると、料理長はカードをこちらへ差し出した。
画面上に表示されていたのは見覚えのあるアイコンたち。
「これなら、お嬢さまでも使えるでしょう?」
「いつもの電話と同じだ! どうして⁉」
「カードの電源を起動させただけですよ。今は手元にありませんが、僕も普通のカードならもっていましたので」
どうやら操作方法は『普通のカード』とやらと同じらしい。
私はそれすら持ったことがないから、よく分かんないけど。
一通り操作を教えてもらったところで、カードがフルリと震えた。
「わっ⁉」
お母さまからの着信だ。
空中に浮かび上がった電話のボタンをスイと指でなぞる。
瞬間、ボロボロに泣きはらしたお母さまの顔が投影された。
「フラン! もうリッドを使いこなせるようになったのね⁉」
「りっど?」
「そのカードのことよ。ところで、もう宿は取ったの?」
ついさっき家を追い出されたばかりだけど、お母さまの言葉に「あぁ、もう本当に会えないのだろうか」と胸が締め付けられる。
「……ねぇ、お母さま?」
「なぁに? 私のかわいいフラン」
「本当に、おうちには戻れないの?」
「……あなたが私たちの跡を継げるくらいに成長したら、いつでも戻ってきなさい。大丈夫よ、こうして電話だって出来るもの」
お母さまの声も震えていて、やっぱり寂しいみたい。
でも。両親も、料理長も、とっくに覚悟を決めているのだ。
私だって決めたはずなのに……。どうやら、まだまだ覚悟が足りなかったらしい。
「だから、早く立派なレディになって帰ってくるのよ。お金のことは気にしないで。将来あなたが立派になれば、きっとすぐにたくさんのお金を稼げるもの」
お母さまがにっこりと笑った後ろで、『頑張れ!』『応援してるぞ!』と書かれたうちわを両手に振るお父さまの姿も見えた。
本当にもう、お別れらしい。
立派なレディになるためには、親離れをしなくては。
覚悟を決めろ。大丈夫。私なら、きっと、なんだって出来る。料理長だっている。
息をたっぷり吸い込んで、「分かった」と伝えれば、二人はおいおいと泣き始めた。
見かねたメイド長が
「何かあればすぐにご連絡を。お嬢さまのためなら、どこへでも駆け付けますからね」
と力強いお言葉を残してくれて、通話が切れる。
「……ということ、みたいです」
チラと料理長をうかがうと、彼もまた美しい顔に少しの涙を浮かべていた。
「料理長。私、立派なレディになりますから。見ていてくださいね!」
やるしかない。
覚悟を口に出すと、料理長は涙をぬぐってうなずいた。