298.結果発表、運命のとき!(2)
「え……」
私の声だけがポツンと落ちる。
優勝した人が喜びの雄叫びを上げ、会場中が歓声に包まれてもなお、私は静寂に包まれているようだった。
優勝できると思っていた。
いや、優勝するんだ、と。そう誓った。
「ネクター、さん……」
私がゆっくりと隣にいるネクターさんの方を見れば、彼もまた私と同じく呆然とステージの上を見つめている。
もはや、私の声も聞こえていないみたいだった。
夢だよね?
これ、何かのサプライズだよね?
私たちがぼんやりとステージを見つめる中、受賞者たちに審査員たちから賞状や景品が渡されていく。
審査員のスイーツを褒めるコメントが続き、みんなが嬉しそうに笑みを浮かべていた。
それが、まるで映画か何かを見ているみたいで。
全ての受賞者への授与が終わり、司会の人がゆっくりとマイクを下ろす。
嘘でしょ? まだ、続きがあるんだよね? これで終わり? そりゃ、後悔なんてないけど。一つもないけど……でも……!
悔しい。
私の頬を涙が流れる。
雨でも降ってきたかのように、自然に、あっけなく。
私が唇を噛みしめてうつむいたその時――
「……お嬢さま……」
ネクターさんが私の名を呼んだ。
カツン。
ヒールの音が鳴る。
どこかで聞いた、印象的なその音。
私が顔を上げると、ステージには見覚えのある人物が立っていて、司会の人の代わりにマイクを握りしめていた。
「ダイアナ、さま……⁉」
私が目をパチパチとまたたかせた瞬間、彼女の登場に会場がさらに盛り上がる。
ダイアナさまはそんなみんなに手を振って「ごきげんよう」と美しい笑みを浮かべた。
「本日は、スイーツコンテストにお集まりくださり、本当にありがとうございます。早速ではございますが、ここで、皆さまに重要なお知らせがございますわ」
前置きは短く、彼女は颯爽と本題を切り出す。
「今回、出場者の皆さまには、三つのテーマからそれぞれ一つのスイーツを作っていただきました。ですが……、出場者の皆さまの中に、三つのテーマを満たし、全てにおいて審査員から素晴らしい評価を受けたスイーツがございましたので……」
ダイアナさまはわざとそこで一呼吸置くと、大きく手を広げて笑みを浮かべた。
「今回は特別に、総合優勝を設けましたわ!」
ババン! と大きく会場中に音楽が鳴り響き、モニター上にも『総合優勝』の文字が表示される。
「「……え⁉」」
私とネクターさんの声が重なった。
いや、正しくは、会場中が「えぇぇぇええええ!」と驚きに包まれた。
「わたくしたちは常に伝統を守りながら、発展を続けておりますわ。このスイーツコンテストのルール変更においても同じことですの。ですが、わたくしたちの想像を超えて、更に素晴らしいアイデアと技術で、三つのテーマを満たし、そして、皆さまを虜にしたスイーツを、わたくし、ダイアナ・ローザ自ら、発表させていただきますわ!」
ダイアナさまは胸元から一枚の赤い封筒を取り出す。
「ネクターさん」
「お嬢さま」
私たちは顔を見合わせてうなずく。
これに賭けるしかない。ううん。違う。私たちは、この総合優勝をつかみ取るんだ!
どちらともなく互いの手を取り合って、ステージの上を見つめる。
「発表します! 総合優勝チームは……!」
長いドラムロール。
手に伝わるネクターさんの体温と鼓動が、自分のものと混ざり合う――
「テオブロマチームです‼」
うわぁぁぁっと会場中が大きな熱に包まれた。
私とネクターさんは、一瞬何が起きたのか分からなくて。でも、ダイアナさまを見つめれば、確かに彼女がこちらを向いて微笑んでいて。
「優勝、したんです、か……」
「総合、優勝……」
お互いに顔を見合わせて、ゆっくりと手をほどく。
そのまま、その手はお互いの背中にまわった。
「ネクターさん!」
「お嬢さま!」
「やりましたぁ~~~~っ‼」
感極まった涙がこぼれる。
さっきまでの悔し涙なんかとは違う。もっとあたたかくて、キラキラした嬉しいもの。
「アンブロシアくん! フランから離れなさい‼」
「ちょっと、あなた。今はいいところなんだから」
お父さまたちの声に現実へと引き戻された私がネクターさんから離れようとした時、背中に回っていたネクターさんの手がそのまま私の体を持ち上げて――
「お嬢さま! 行きましょう!」
「ネクターさん⁉」
すっかりハイテンションなネクターさんにお姫さま抱っこされて、私はなすすべもないままステージに連行される。
ネクターさんは、ステージの中央で私をゆっくりとおろすと美しい笑みを浮かべた。
ダイアナさまも、それを合図にマイクを手にとる。
「お二人のスイーツは本当に素晴らしかったですわ。独創性あふれるコンセプトはもちろん、全てのテーマを網羅しながら、デシの国を見事に表現したアイデア。技量と味、何より、その情熱が、食べていないはずの審査員までもを虜にしておりましたのよ」
ダイアナさまの総評が、私の胸にじんと響く。
「本来ならば、スイーツを食べていない審査員が審査するなど言語道断。ですが、今回はあまりにも多くの審査員が食べてみたいと魅了され、食べた審査員が満場一致で優勝だと口をそろえました。その二つの事実を考慮し、総合優勝を特別に設けましたの。お二人にぴったりの素晴らしい賞ですわ。これからもぜひ、その情熱で多くの人々に笑顔を届けてくださいまし」
ダイアナさまは私たちの方へ、賞状と小さな便箋を差し出した。
「急なことでしたので、副賞をご用意できませんでしたの。そちらの便箋にあなた方のお願いごとを一つ書いてくださいましたら、後日、わたくし共からお贈りさせていただきますわ」
私とネクターさんは、その便箋を受け取って「それなら……」とお互いに視線を合わせる。
きっと考えていることは同じだ。
「今、ここでお願いをしても?」
私が切り出せば、ダイアナさまは意外そうに数度まばたきを繰り返した。
「もちろん、かまいませんが……。ゆっくりお考えになられなくてもよろしいのかしら」
「はい! ずっと前から決めてたんです!」
お母さまとお父さまの方に、私たちは顔を動かす。
何も知らないお母さまたちはキョトンと首をかしげた。
お願いごとはたった一つだ。
「「これからも、もっと一緒にいさせてください!」」
私とネクターさんのお願いに、お母さまたちは驚き、ダイアナさまは「あらあら」と笑い、観客席からはたくさんの歓声が上がった。