296.審査員たちの反応は
「コンセプトは、二人の旅路」
司会者は、私たちが提出したお菓子のコンセプトについて説明を始める。
「私たちは、半年ほど前、シュテープのお屋敷を出て、プレー島群の国々を周る武者修行の旅をしてきました。旅の中での出会いや思い出をスイーツに盛り込みたいと考えたのが、このお菓子作りのきっかけです」
司会の人が読み上げる内容に、隣からズビリと鼻をすする音が聞こえた。
え? お父さま? はやくない?
「デシの国のお料理は様々なおかずが一つのプレートに盛り付けられた、まさにプレー島群のような形態です。今回のスイーツも、その形態をイメージしました」
瞬間、審査員を含めた周りの人からざわめきが起こる。
どう見たってチョコレートはお屋敷の形で、とてもプレー島群をイメージしているようには見えないからだろう。
だが、司会の人の次の言葉でさらに会場がどよめく。
「革新と伝統を合わせた新しいスイーツの形、プレー島群詰め合わせピザ! まずは、私たちが出発したお屋敷に好きなソースをかけてお召し上がりください!」
ピザ。それはまさしくお料理の名前。
審査員の人たちは驚きをそのまま顔に貼り付けて、おそるおそるソースを手に取った。
ステージの上、大きなモニターに、一人の審査員の手元が映る。
チョコレートで出来たお屋敷にソースがかけられる。あたたかいソースによってチョコレートがゆっくりと溶けていく様は、すっかり見慣れた私にもおいしそうに見えた。
チョコレートが崩れて、中から現れたピザにほぉっとみんなが息を飲む。
隣で泣いていたはずのお父さまも、いつの間にか息を飲んでその映像を見つめていた。
「チョコレートのお屋敷が溶け、出発の時! 中から現れたのは、美しいピザだぁ~!」
司会の人が分かりやすく盛り上げてくださる。
四つの国を表現したピザは、それぞれのカラーと飾りで彩られ、まさに様々な小鉢で彩られているデシの一皿にふさわしい。
カメラは更に、審査員のお皿へと近づいて四つのピザをしっかりと映し出した。
「すばらしい! まさにプレー島群詰め合わせというにふさわしい四種類のピザが出てまいりました! 紅楼国でしょうか⁉ 岩山のゴツゴツとしたチョコレートの飾りが見事です! 赤いフルーツと金箔のコントラストもお見事ですね!」
審査員の人が一枚のピザを手に取る。
早速コメントをもらおうと、マイクを持った司会の人が近づいていった。
「こちらはズパルメンティをイメージした美しい一枚ですが、感想はいかがですか?」
「スパイクと呼ばれる飴細工の技法とブルーベリーの色合いをうまく使って、雨の様子がよく表現されていると思います。クリームの絞りも波紋をよく表現出来ていますし……味も、爽やかな酸味とミントの香りがすっきりとした一枚で、非常に食べやすいです」
さすがは審査員。正確なコメントに、観客たちも味をイメージしやすくなったのかざわざわと声が上がる。
他の審査員の人たちも思い思いに好きなピザを手に取っていく。
「こちらは……おぉっと! 斬新な見た目! ベ・ゲタルでしょうか? 緑の葉っぱの装飾と……虫⁉ まさかのイモ虫に見立てた飾りつけだ! これはかなり攻めていますね!」
「まさか虫のスイーツを食べることになるとは思いませんでしたよ! でも、これは面白いですね。メレンゲの味付けも上品ですし、ピザの食感によく合っています」
もちろん、審査員の人の中には形が苦手だという人もいたけれど、かわいくデフォルメしたおかげか、思っていた以上にみんながアオのことを受け入れてくださった。
「最後はもちろん、デシのピザ! こちらは持ち込み食材ということで、シュガーローズコンテストでも一躍人気となったシュガーローズが使われております! なんと! こちらのシュガーローズを育てた方とお知り合いだったんだそうで!」
前に座っていたエンテイおじいちゃんが、こちらを振り返ってウィンクする。
私もウィンクをお返しすれば、おじいちゃんが「ほっほ」と笑い声をあげた。
「デシの国での再会だったそうですよ! なんとも思い出が詰まったピザ! デシの革新と伝統を表すかのようなスイーツでしたね! いかがでしたか⁉」
司会の人が、すでにピザを全て食べ終えた審査員の方へとマイクを向ける。
他の人たちにも辛口だった審査員だ。
どのテーマにも、必ず一人は辛口の審査員を選んでいるらしい。こういう人がいる方が、コンテストとしては盛り上がるのだろう。
もちろん、辛口の審査員のコメントにはみんなの注目が集まる。
この人が一体何を言うのか。会場は緊張感に包まれて、一気にシンと静まり返った。
審査員はお水を一杯口に含んでから、ゆっくりと息を吸う。
「……正直に言えば、かなりガッカリだ」
その一言に、会場は冷たい空気に包まれた。
「え……」
私は思わず声を漏らしてしまう。
もしかして、何か失敗でもしていただろうか? 私が作った生地、組み立てたチョコレート、カットしたピザ、飾りつけ。それらの工程が一気に頭の中に駆け巡る。
「……お嬢さま」
ネクターさんが私の手をそっと握りしめる。
「大丈夫です。もしも、酷評されたとしても、それは一つの結果にすぎません。お嬢さまのせいではありませんし、好みが合わなかっただけですよ」
ネクターさんの声は優しいけれど、彼の顔を見れば本心は悔しいんだと分かる。
長く一緒にいたから、作り笑いかどうかくらい簡単に見抜けるようになってしまった。
やがて、会場中のあちらこちらからブーイングがおきる。他の審査員たちも、辛口審査員に向かって「どういうこと⁉」と抗議の声をあげた。
みんなが私たちのピザを気に入ってくれた。それだけで十分。
……だけど。
やがて、辛口審査員の人が小さくため息を吐く。
「最後まで聞いてくれ」
その声は、会場の空気を落ち着かせるのに十分な貫禄があった。
「俺が言いたかったのは、シュテープの料理人は、デシの菓子職人より素晴らしい。その事実に、デシの菓子職人としてガッカリだった、ということだ」
辛口審査員はにっこりと笑って親指を立てる。
「驚いたよ。プレー島群の国々には、まだまだこんなにも素晴らしいお菓子があるんだな」
その一言に、会場中の空気が一変する。
まるで花が咲き誇るかのように、わぁっとひときわ大きな歓声が上がった。