295.ついに審査は始まって
「いよいよ! スイーツコンテストも最終審査となりました! 審査員たちの胃袋をゲットし、見事優勝に輝くのは一体誰なのか⁉ スイーツコンテスト、デシを表現するスイーツの部、開幕です!」
バァンッと空に昼花火が上がる。
沸き立つ歓声に、私とネクターさんはといえば……。
「テオブロマチーム! 絶対優勝! 頑張れぇ~!」
「審査員の皆さん! よろしくお願いします! 我が子とアンブロシアくんの命運があなたたちにかかってるんです!」
この隣で騒ぐ応援団たちのせいで、もはや小さくなるしかなかった。
言いたいことはいっぱいある。
武者修行のためだから仕方がなかったとはいえ、私たちを追放したお母さまたちが、どうして今、私たちの隣で私たちのことを応援しているのか、とか。
元気だった? とか、会いたかった! とか、そういう感動の再会みたいなものがあるんじゃないの、とか。
そもそも、コンテストって審査員同士でプレッシャーをかけあっていいのか、とか。
っていうか!
そのハチマキとかウチワとか、応援旗みたいなものとか、どこから用意したの⁉
本人隣にいるんですけど! せめて見えないところでやってほしいっていうか! 恥ずかしいよ⁉
言いたいことを全部飲み込んで
「お母さま、お父さま……気持ちはすっごく嬉しいんだけど……その、恥ずかしいし……私たち、コンテストは公平に審査してほしいから……そういうのはちょっと、やめてもらってもいいかな」
オブラートでたっぷりと包んだお願いに変換する。
クレアさんやエンテイおじいちゃん、それにオリビアさんたちが大集合しているこの状況で、目立たないでというのは無理だ。
ただでさえ超グローバルチームになっちゃってるわけだし。
だから、精一杯の譲歩としてお母さまとお父さまのウチワだけを取り上げる。
お母さまたちは、しゅんとしながらもどこか嬉しそうに
「楽しみねぇ!」
「フランとアンブロシアくんの合作だからね! おいしいに決まっているさ!」
とステージの上を見つめる。
「私たちも食べたかったわ」
「フランの作ったスイーツなんて、もったいなくて食べられないよ」
「ふふ、それもそうね。だけど、フランがお菓子作りなんて……」
お母さまとお父さまがなぜか泣きそうになっていることにはスルーしよう。
審査も始まっているというのに、情報量が多すぎて、まったく集中できない。先ほどまでの緊張がほぐれたと考えれば、良いことなのかもしれないけれど。
「旦那さま方が、緊張をほぐしてくださったと考えるべきなのでしょうね」
隣から私にだけ聞こえる音量でネクターさんが呟いた。
「まったく同じことを思ってました。ほんと、お母さまたちって最高……」
半分は嫌味だけれど、半分は本当だ。
正直、私だって嬉しくないわけがない。
ずっと会いたかったし、これまでの旅の話もたくさんしたい。
それに――
「せっかく来てくれたんだもん。目の前で優勝して、お土産に持って帰ってもらわなくちゃ」
お母さまとお父さまへのデシ土産が、スイーツコンテストの優勝になればこれ以上のことはない。
旅の最後で、二人に成長したところを見てもらわなくちゃ。
私とネクターさんが覚悟を決めると、ステージの上には真っ赤なバラの花のケーキが運ばれてきた。
もはや芸術作品と呼んでも差し支えないそれは、どうやらエンさんの作ったお菓子らしい。
コンセプトは、シュガーローズコンテスト。
今年優勝したチョコレートローズを題材に、ナイフを入れると内側から溶けたチョコレートソースが出てくる仕組みだ。
「わぁ……! 良い香り!」
ステージから観客席まで鼻をくすぐる香りはほんの少しのスパイスと、それに負けないくらい濃厚なチョコレート。
二つが組み合わさると、異国情緒にあふれた情熱的な香りになるようだ。
「なるほど、エンらしい。最初の華やかな印象をそのままに、食欲のそそる香りでさらに強い印象を与えましたね。赤色の花もエンの出身の紅楼国を想起させ、デシとの交友関係の証にもなりそうだ」
ネクターさんはエンさんのスイーツをひとしきりメモに書き留めていく。
隣でエンさんがどこか照れくさそうにはにかんだ。
「ネクターに褒められるなんて。慣れないせいで気持ち悪いな」
「なんですか、それは。僕も成長したんですよ」
「まったく。これ以上成長するなんて。負けるつもりはないが、正直、圧勝は難しそうだ」
エンさんにとってもこれは真剣勝負。
ネクターさんに牽制するような視線を送るも、審査員の様子が気になるのか、すぐに口を閉じて顔を前に戻す。
審査員の人たちはエンさんのスイーツをおいしそうに食べているけれど、結果は最後まで分からない。
第一部『あたたかいスイーツ』も、第二部『動物モチーフのスイーツ』も、コメントでは好評だったものの、特別賞すら受賞できていないスイーツもあった。
おいしいのは当たり前。
各部門で優勝できるのは、たった一組だけだ。
「……そろそろ僕たちの番ですね」
先ほどまで、あんなに緊張できないと思っていたのに、順番が近づいてくると再び心臓がバクバクと飛び出そうになる。
あんなにうるさかったお母さまたちも、ついに娘たちの番だと思うと見守ってしまうらしい。
固唾を飲んでステージに視線をやる二人は、まるで映画のクライマックスでも見ているかのようだ。
私たちの一つ前の人のスイーツが下げられ、いよいよ自分たちの番がやってくる。
「さて! 次は、皆さまお待ちかね! お菓子作り中の中継でも大歓声がありました! 先ほど、第三部の開幕時も、当主自らの応援が飛び交ったほどでした! 今回のコンテストの台風の目となるか⁉ 大注目株! テオブロマチームのスイーツです!」
司会の声がコンテストを盛り立てる。
お母さまたちは、ここぞとばかりに応援旗を振り、私たちを応援してくれた。
「フラン! 絶対大丈夫よ!」
「そうだ! フランたちのお菓子が一番おいしいに決まってるんだからな!」
二人は私の手をしかと握って、すぐさまステージへと視線を戻す。
ステージの上に現れたチョコレートのお屋敷。
その見た目に、お母さまたちが息を飲んだのが分かった。




