294.見覚えのある審査員⁉
ブーッ!
けたたましいブザーの音がキッチンに鳴り響く。
「制限時間終了です。お疲れさまでした」
アナウンスが流れ、部屋の空気が一気に緩んだ。
すでに肩を落としている人もいれば、やりきったとガッツポーズしている人も。
私はといえば、緊張の中、全力で動いたせいか、腰が抜けてヘロヘロとシンクに手をついたまま床へ座り込んでしまった。
「お嬢さま⁉ 大丈夫ですか⁉」
「お嬢さん、大丈夫か?」
両サイドから、ネクターさんとエンさんが駆け寄ってくる。
二人ともさすがは料理人だ。体力がまだ余っているのか、こちらへ走ってくる速度はいつもと変わらない。
「……エン。お嬢さまから手を離してください」
「おっと、相変わらずお嬢さんのこととなると怖いねぇ」
「お嬢さま、もしかして体調が?」
「だ、大丈夫です! その、やりきったんだと思ったら、力が抜けちゃって……」
ネクターさんの手に掴まりながら立ち上がれば、二人は顔を見合わせて苦笑した。
「お嬢さんは、初めての料理コンテストだもんな。よく頑張ったな」
「本当に。お嬢さまは素晴らしいです」
料理人からしても、私はちゃんとうまくやれていたのだろうか。そう思うと、肩の荷が下りたような気分だ。
「後は結果を待つだけですね。今から試食にうつるそうですよ。ステージの方に行ってみますか?」
「うぅ……なんだか緊張で胃が痛くなってきました……」
デシの人たちに、プレー島群詰め合わせピザは受け入れてもらえるのだろうか。
見た目も、味も、コンセプトも。全部こだわって作ったし、おいしいスイーツだって自信もある。
あるけれど……。
「どうしても心配になっちゃいます‼ 大丈夫かなぁ……」
「はは、お嬢さんでもそんな顔をするとはな」
「お嬢さま、大丈夫ですよ。きっと、喜んでいただけます」
ネクターさんとエンさんに励まされながら、片づけを済ませてキッチン会場を後にする。
なんだかあっという間だった。これで優勝者が決まるなんて嘘みたいだ。
すでに『あたたかいスイーツ』の審査は始まっているらしい。
ステージの方へ近づけば近づくほど、その盛り上がりが聞こえてくる。
テーマごとに審査員は分かれているようだが、『あたたかいスイーツ』の審査には辛口の審査員がいるようで、コメントがスピーカーから流れてくるたび、観客席はブーイングやら拍手やらに包まれている。
だんだんと私の足取りが重くなる。
「お嬢さま? 大丈夫ですか?」
「な、なんとか……。うぇぇ……緊張には強いと思ってたんですけど、その……はぁ……吐きそうです……」
「まさかお嬢さんがネクターに似てくるなんてなあ。大丈夫だから、安心しろ。俺もネクターも隣にいるんだ。それに……」
エンさんが遠く、ステージの方を指さす。
ぼんやりと審査員の人たちの姿が見えてきて、私は「う」と目を覆った。
「お嬢さんの顔なじみも座ってるしな」
エンさんが私の肩を軽くたたいて、ステージを見るように促す。
私が「え」と顔を上げると、先に何かに気付いたらしいネクターさんが「は?」と素の驚きを見せた。
「……ネクターさん?」
「お嬢さま……。あああ、あれ……」
ネクターさんが震える指で示したその先。
「うぅん! これもすごくおいしいですねぇ! 本当にあったまります」
「本当に! ワインにもあいそうな上品な味だよねぇ」
ステージ上で出されたスイーツをパクパクと食べている二人組に、私もネクターさんよろしく「え⁉」と驚きの声をあげてしまった。
「な、なんでお母さまとお父さまが⁉」
開いた口が塞がらないとはまさにこのこと。
私もネクターさんも、そんなことは聞いていないと互いに顔を見合わせるだけ。
「なんでって、テオブロマはこのコンテストの出資者の一人だからな。お嬢さん、自分の家のことなのに、何も知らなかったのか?」
エンさんだけがひょうひょうとしている。むしろ、私たちが知らなかったことに驚いているくらいだ。
「えっ⁉ え、だって! そんな話は一言も‼ お母さまもお父さまも、最近はどうしても急ぎで仕事を片付けなくちゃって言ってて……って、え⁉ もしかして、仕事を片付けるって、デシに来るためにってこと⁉」
「お、お嬢さま! 落ち着いてください! あ、あれは、他人の可能性も! よく似たお二人かもしれませんし!」
「そ、そうですよね⁉ ままま、まさか、お母さまたちがデシにいるなんて! ありえないですよね!」
「二人とも。仮にも親と雇い主だろう? どう見ても、あれはテオブロマのお二人だ。俺も料理コンテストで世話になったし、見間違えるわけがない」
「ででで、でも! エン! あのお二人はお忙しいお方で!」
「落ち着け、ネクター。このコンテストの出資者である以上、コンテストの審査員をするのもお二人の仕事なんだろ?」
私とネクターさんは、もう一度ゆっくりと視線をステージの上へと戻す。
しっかりと目を凝らして、よく見てみても……
「やっぱり、お母さまとお父さまです」
どう見ても、私たちをお屋敷から追放した張本人たちに間違いなかった。
会いたいような、会いたくないような……。
どうしようかと視線をさまよわせていると、ステージの上でおいしそうにスイーツを食べていたお母さまとばっちり目があった気がした。
「……ね、ネクターさん」
「な、なんでしょう、お嬢さま」
「私、思い出しました……。子供のころ、お祭りみたいなところでケーキを食べたのは、多分……あそこで、です」
私が審査員席を指さすと、お母さまはいまだこちらを見ていた。目を合わせると、お母さまが小さく微笑む。お父さまにはばれないようにウィンクしてくるあたり、お仕事として参加していることは間違いないようだ。
お父さまが私を見つけたら、多分だけど、お仕事の審査そっちのけでこちらに向かってくるだろうから。
「……お嬢さま。やはり、旦那さまと奥さまに違いありませんね」
ネクターさんもいよいよ現実を受け止めざるを得なくなったのか、遠い目をしている。
もはや悟りを開いた菩薩スマイルだ。
「これが現実だ。まったく、面白いもんだな」
エンさんが私たちをからかうように笑う。
お母さまの方を見れば、彼女もまた私たちにいたずらな笑みを浮かべた。
まるで、私たちに、これが最後の試験だとでもいうように。
 




