289.みんなのエールを力に(1)
「ネクターさん、いきますよ……」
私がゴクンと唾を飲み込むと、ネクターさんも静かにうなずいた。
大きなモニターの前に立って、私とネクターさんは声を合わせる。
「せーのっ!」
二人で同時にモニターをタップすると、画面にパッと花が開いた。
「青色のお花だ!」
「……ということは……」
「デシを表現するスイーツ、です!」
私たちは二人で「よし!」とガッツポーズする。
プレー島群詰め合わせピザは、三つのテーマのどれに当たっても良いように考えたレシピだ。けれど、その中でも最も合っているテーマ『デシを表現するスイーツ』に当選するなんて!
これは幸先の良いスタートが切れた!
周りを見れば、私たちのように喜んでいる人もいれば、すでに負けを悟ったような人たちもいる。
三つのテーマのうち、くじ引きで選ばれた一つのテーマでお菓子を作るルールは、良くも悪くもコンテスト前から出場者をふるいにかけているようだった。
「ひとまず、これで少し安心して挨拶周りに伺えそうですね」
「はい! ……あっ! クレアさんもちょうど会場に着いたって! もうすぐフェスティバル会場の方もオープンするみたいです!」
「それはちょうど良かったです。では、早速そちらに向かいましょう」
クレアさんがいる場所を魔法のカードに送ってもらって、魔法のメガネと同期する。
クレアさんの場所まではメガネさまの案内に従って、フェスティバル会場を歩いていけばいい。
フェスティバル会場は、もうすぐ開会するとあってあちらこちらからすでに甘い良い香りが漂っていた。
思わず吸い込まれてしまいそうになるのをぐっとこらえる。
「フ、フランちゃ~んっ!」
入り口近くの大きなテントの下でぶんぶんと手を振るクレアさんは、隣に美人なおねえさんを連れていてよく目立っていた。おそらく彼女がクレアさんの友人なのだろう。
シュテープの服装ってだけでも目立つのに、美少女二人が並んでいるのだから当然だ。
「クレアさん!」
お久しぶりです、と抱き着けば、クレアさんが「わ、わぁぁぁ⁉」とすっとんきょうな声を上げる。
相変わらずかわいらしいリアクションだ。
「も、もうすぐコンテスト、だよね? そ、その! 邪魔しちゃいけないから、と、ととと、とりあえず、これを……」
「うわぁっ! ありがとうございます!」
通話で見せてもらったソングフラワーの試作品だ。
実際に見ると、透明感があってますますかわいい!
「あ、あたしたち、お菓子を買ったら、あ、後で、絶対、お、応援に行くからね!」
「ありがとうございます!」
「ががが、頑張って!」
クレアさん渾身の応援に、私が再び抱き着くと、クレアさんはふらりと後ろに倒れかかっていた。
クレアさんのお友達がそれを颯爽と支えて苦笑する。
そこに追い打ちをかけるように
「クレアさん、わざわざ遠方からお嬢さまのために駆け付けてくださってありがとうございます」
ネクターさんがイケメンスマイルをのぞかせたものだから、クレアさんはいよいよ
「ぶふぁっ⁉」
と奇声を上げて鼻血を出した。
「……あ、これ、デジャヴ……?」
私の呟きに、クレアさんのお友達が肩をすくめる。
「ごめんね、クレアは必ず連れていくから。二人は準備があるんでしょう? 頑張ってくださいね」
クレアさんのお友達はすでに慣れっこみたい。サラッと流すと、クレアさんを背負って救護班の人のもとへと駆けて行った。
「だ、大丈夫なんでしょうか……?」
ネクターさんのせいですよ、とは言えず、私はとりあえずうなずいておく。
「つ、次に行きましょう! おじいちゃんもそろそろついているころだし!」
クレアさんがくださったソングフラワーをポケットにしまって、気持ちを切り替える。
エンテイおじいちゃんにも会いたいし、レーベンスさんからも会場に到着したと連絡をもらった。
広いフェスティバル会場だけど、魔法のカードとメガネのおかげで人を探すのは案外簡単だ。
位置情報を送るなんて高等なことは出来ないと嘆いていたおじいちゃんとも、通話を駆使すれば居場所は特定できる。
「おじいちゃん!」
「おぉ、フランちゃんじゃないかい」
おじいちゃんはシュガーローズを使ったクッキーを選んでいたところだった。
「無事に会えてよかったよ。思っていたより人が多いのぉ」
「なんてったってデシで一番のイベントだからね!」
「ほっほ、そんなコンテストに二人が出るなんてなぁ。お屋敷を追い出されたと聞いたときは、どうなることかと思ったが……」
「エンテイさま、おひとりで来られたのですか?」
「いや、ここまでは友人に連れてきてもらったんですよ。この後も会う予定でしてね。老いぼれのことは気にせず、二人もそろそろコンテストの準備をしてください」
必ず応援に行くよ、とおじいちゃんに言ってもらえて、私とネクターさんは「それじゃあ」とおじいちゃんに手を振る。
おじいちゃんのシュガーローズも使っているから、結果を出して、おじいちゃんの応援にこたえたい。
「まさか、シュテープの方々とここでお会いできるとは思いませんでしたね」
次なる目的地、レーベンスさんのところへ向かいながら、ネクターさんは感慨深そうに呟いた。
「これも、お嬢さまの人徳ですね」
「えへへ。貿易商としての第一歩ですね!」
私がえへんと胸を張ると、ネクターさんは真面目な顔で「おっしゃる通りです」とうなずく。真剣に返事をされてしまうと、少し恥ずかしいような、くすぐったいような。
「あっ! レーベンスさん!」
ごまかすように、少し遠くに見えたレーベンスさんの名前を呼ぶ。
テントで良く見えていなかったけれど、近づくと隣にもう一人立っていて……。
「フラン! 久しぶりやねぇ! 会いたがっだモン!」
気づいた時には抱きしめられていた。
「お、オリビアさん⁉」
どうして、と驚きに顔を上げると、オリビアさんの向こうでどこか勝ち誇ったように笑うレーベンスさんの姿が見えた。
「二人がスイーツコンテストに出るって知って、遊びにきたらしいよ」
いまだに私に頬ずりしているオリビアさんに代わってレーベンスさんが口元に笑みを浮かべる。
「そうだば! 二人ば、ウチには連絡せんで! まったぐ! おねえさんは寂しかったモン!」
オリビアさんはプンッ! と怒ったように頬を膨らませたかと思うと、すぐに満面の笑みを浮かべた。