284.努力なくして成功なし
スイーツコンテストに向けて、ピザの改良が始まった。
作り方や材料を考えるのはネクターさんで、私は主に実践練習だ。フルーツの皮剥きはもちろん、ホイップの絞り方や、ナイフの使い方まで。時にはレーベンスさんのアドバイスももらいながら練習に励む。
「お嬢さま、こちらの味見をお願いします」
「了解です!」
ナイフを動かしていた手を止めて、ネクターさんの手から直接お菓子を受け取る。
それは、ブルーベリーが閉じ込められた飴だった。先端は長く細く尖っている。不思議な形だ。
私は早速口の中へほうり込む。
パリッと飴をくだけば、ふわりと酸味が広がった。
「うん! おいしいです! コーティングされてる飴も薄くて食べやすいし、ブルーベリーも甘酸っぱくて! 何に使うんですか?」
「水滴に見立てて作ってみました。水面をかたどった飴細工の上にこの飾りをのせると、ズパルメンティの水辺のイメージが出来るかと」
「なるほど! すごくかわいいし、良いと思います!」
「スパイクと呼ばれる技術だそうです。飴細工は技術が色々あって勉強になりますね」
すでにすごい技術をいくつも持っているネクターさんでさえ、こうして勉強して毎日進化し続けているのだ。
私も負けていられない。
ナイフを動かして練習を再開する。
チョコレートのお屋敷を作るために、私もネクターさんと同じくらい綺麗にチョコレートをカットできなければならないのだ。
とにかく、まっすぐ! そして早く!
ネクターさんと一緒に作った厚紙の型に沿って、手早くナイフを引いていく。
まっすぐにナイフを引くだけなのに、それが中々難しい。かといって慎重になりすぎても、チョコレートが溶けていく。
ようやくパーツを全部切り終わったころには、すでに手がチョコレートまみれになっていた。
これでは失敗だ。
「はぁ……思っていたよりずっと難しいし大変ですねぇ」
「大丈夫ですよ。お嬢さまは筋が良いですし、すぐに慣れると思います。昨日よりも綺麗に出来ていますし、確実に成長はされていらっしゃるかと」
ネクターさんは私を優しく励ましながら、焼きたての生地を差し出した。
飾りつけの改良以外にも、ネクターさんには生地の改良という重大ミッションがあるのだ。
ピザ生地としてのふわふわ感は損なわないよう、スイーツらしく、生地を薄くしてサクサク感をプラスする。
矛盾するような課題でも、ネクターさんにとっては挑戦しがいのある楽しいミッションなんだそうだ。
クリームも何も塗られていないただの生地だけど、バターの香りがたっぷりとしておいしそうだ。
パンとビスケットのちょうど中間、生地の薄さも手で触った時の感触も良い。
「ん!」
口に入れた瞬間、生地の軽さに驚きの声が出る。
「おいしいっ! バターの香りがしっかりしてるだけじゃなくて、やっぱり食感が全然違います! サクサクとしっとりの間くらいで食べやすいし、耳のところはモチモチだし!」
タルトにも近いけれど、しっかりとピザとしての要素が残っていておもしろい。
これならデシの人たちにも受け入れてもらえそうだし、おなかがいっぱいになるほど重くもない。
レーベンスさんたちにも試しに食べてもらえば、二人も気に入ったのか
「これはすごく食べやすいね」
と素直に笑みを見せた。
「クリームもいくつか作ったので、今度はそれにつけて食べてみてください」
ネクターさんが出してくださったクリームはどれもカラフルだ。
食紅やデシの植物を使って、各国のイメージを表現してくださっている。
「僕はやっぱりチーズクリームが好きだな。ハチミツとの相性も良いし」
「私はカスタードと生クリームが混ざったやつですね!」
「ミントも悪くないよ。爽やかで食べやすい」
みんな好みは分かれたけれど、どれも生地によく合っているし、クリーム自体もあまり重くなりすぎないようネクターさんが甘さを調整してくださっているおかげで食べやすい。
これに飾り付けがのれば、ちょうどよいボリューム感になりそうだ。
「ネクターさんはやっぱりすごいです!」
「お嬢さまも十分すごいですよ。毎日遅くまで練習をされているのに、ホテルに戻ってからも勉強されているでしょう?」
「え! そんなことまでしてるのかい? 僕らの家からホテルに帰ったら、もうずいぶんと遅い時間になるだろう?」
レックさんに心配そうな顔で見られて、私は慌てて首を横に振る。
「大丈夫です! 眠い時はちゃんと寝てるし……! それに、すごく楽しいですから! ネクターさんと一緒に優勝するために、出来ることはなんだって頑張りたいんです!」
一度は諦めた夢だ。それでも、何もしないで諦めるのは悔しいから。出来る限りのことをやって、万全で望みたい。
「どうして二人はそんなに優勝にこだわるの? 正直、僕はあまりそう言った経験がないから。二人がすごく眩しく見えるよ」
苦笑するレックさんの質問に、私とネクターさんは顔を見合わせた。
ネクターさんは、料理長としてのプライドがあるだろう。
それに、テオブロマ家の料理長に戻るためには、やはり何かしらの実績がいると考えているからかもしれない。
私は……。
どうだろう、と考えて、いきついたのは一つの答え。
「これが、きっと最後だから。後悔したくないのかもしれません」
ネクターさんとの旅は、このデシの国で終わる。
スイーツコンテストは最後の旅の目的で、これが終わったら、私たちはシュテープに戻り、以前と変わらぬ日常を送ることになるのだろう。
会おうと思えば、毎日だって会えるはずだ。
ネクターさんはお屋敷の中にいるのだし、私だって、お仕事を始めたとしても帰る場所はあのお屋敷だけ。
それでも、こうして毎日一緒にいろんなものを見て、食べて、笑いあうことは出来なくなる。
片手で数えられる程度にしか顔を合わせられなくなる可能性だって否定できない。
「最後の思い出だから。絶対に、良いものにしたいんです。そのためには、出来ることを全部やらなくちゃ」
努力なくして成功なし、だ。
私の答えに、どういう訳か、キッチンでネクターさんが泣きそうになっていたことには気づかないふりをした。