282.ピザ作りに初挑戦!(3)
「……これで、パーツは一通りそろいましたね」
ネクターさんが額をぬぐって息を吐いたのは、十分後のことだった。包丁を扱いなれているはずのネクターさんでさえこんなに時間がかかるのだ。私はどうなることやら。
切られたチョコレートの断面はどれも美しく、形もすべて計測したかのように正確。
並大抵の技術ではない。
「ネクターさんって、本当にほんとうにすごかったんですねぇ……」
もちろん、テオブロマ家の料理長って時点でお料理の腕は確かだし、そうでなくてもすごい料理人であることは知っていたつもり。
だけど、実際にお料理の難しさが身に染みた今、その技術を目の当たりにすると、けた違いだ。
「ありがとうございます。ですが、ここから本番ですよ」
ネクターさんは苦笑すると、ナイフを置いて、バーナーに持ち帰る。
「お嬢さま、これを組み立てていきましょう。チョコレートの端をバーナーで溶かして、他のパーツとつなぎ合わせるんです」
「接着剤でくっつけるイメージですか?」
「おっしゃる通りです。例えば、この壁のフチを少し溶かして、こちらの壁のパーツを直角に押し当てると……」
溶けたところがうまく馴染んで、まるで最初から一つにつながっていたみたいに綺麗なエル字型のチョコレートが出来上がる。
「溶けてはみ出たチョコレートは後で軽く削って形を整えるので、あまり気にしないでください。まずはやってみましょう」
とにかく、チョコレート細工は時間との勝負だ。
あまり長く手に持っていると、チョコレートを握っている部分がベタベタに溶けてしまう。チョコレートの表面が汚れてしまわないように、手早く合体させていく。
なんだか学校の授業で工作をした時みたい。
壁を作ったら、次は屋根。うまく角度を合わせて取り付ければ……
「ふぉぉ! お家っぽい!」
簡単な形ではあるけれど、かわいらしいチョコレートのお家が出来た!
「すっごくかわいいです!」
「ここに装飾を付けていけば、もっと家っぽくなると思います。シュガーローズで色づけをしても良いですし……。ただ、テオブロマ家の屋敷とはいいがたいので、ここから技術を磨いていかなくてはいけませんね」
私にとってはもう十分すぎるくらいなのに、ネクターさんは満足していないみたいだ。
すでに次のステップを見据えているのか、飾りつけ用の砂糖菓子やチョコレート菓子を手に取っては、何をどのように使えば効果的か、と考えているみたい。
「さすがです、ネクターさん……!」
こんな人と一緒にスイーツコンテストに出られるなんて、実はすごく名誉なことなんじゃない⁉
普段はテオブロマ家のお嬢さまと従者って関係性だけど、お料理界で考えれば圧倒的にネクターさんはすごい人だ。
きっと、私の人生にとっても忘れられないコンテストになるに違いない。
「お嬢さま、褒めすぎです……。そ、そろそろ生地の発酵も良さそうですね」
ネクターさんは耳まで真っ赤に染めて、今度はわたわたとピザ生地を入れていた食器乾燥機の方へと視線を向ける。
謙虚というか、なんというか。
味覚を失う前のネクターさんだったらきっと「当たり前です」と冷静に切り返していたに違いない。そう思うとちょっと面白いケド。
「お嬢さま、生地の方もうまく発酵できたようですよ」
ネクターさんが取り出した生地は、私が最後に見た大きさの二倍以上に膨れ上がっていた。
まさかこんなに大きくなるとは!
「すごぉい! ふかふかです!」
「これだけ発酵していれば問題ないでしょう。この生地を薄く、丸く伸ばして、ピザの土台にしていきます」
ネクターさんは私の隣に並ぶと、「見ててくださいね」と生地を押しつぶしていく。
むちっと円形に広がった生地を少しずつ手で外へと押し広げていけば、だんだんとそれらしい形になってきた。
最後に綿棒を使って形と厚みを整えたら、フォークでいくつか細かい穴をあけて完成!
「これをオーブンに入れて焼いたら、後は飾りつけをして完成です」
「やったぁ!」
「喜ぶにはまだ早いですよ。飾りつけもまだ終わっていませんし、制限時間もオーバーしています。実際はもっと飾りつけも複雑になりますから、課題だらけです」
ネクターさんの正論パンチに「うっ」と私が声を上げると、状況を見守っていたレーベンスさんとレックさんが笑う。
「まぁまぁ。二人とも今日は初めてなんでしょう? 十分じゃないかな」
「そーだね。及第点じゃない?」
私が二人のフォローに「そうだそうだ!」とわざとらしく野次を飛ばせば、ネクターさんはハッと我に返っていた。
「も、申し訳ありません! つい熱が入ってしまいました……」
止める暇なく土下座を繰り出されて、逆にこちらがいたたまれなくなる。
「これだから僕は……! テオブロマ家の料理人たちが僕を疎ましく思うのも無理はありません……。どうして揚げ足ばかりをとって……」
「だ、大丈夫ですから! ネクターさん! ネクターさんの言う通りですし! まだ飾りつけもあるのに私も油断しましたから!」
だからそれ以上ネガティブモードに入らないでください!
慌ててネクターさんを止めて、「ほら、生地が焼けてきましたよ!」と話題を逸らす。
オーブンの中では先ほどの生地がすでにふっくらと仕上がってきていて、すごくおいしそうだ。
ネクターさんをなだめて待つこと十分。
オーブンがかわいらしい音楽を立ててピザが焼けたことを知らせる。
オーブンの扉を開ければ、小麦の香ばしい匂いがあたりに漂った。
「うわぁ……! おいしそう!」
まさにピザそのものだ。まだ具材も何ものっていないけれど、ふかふかに焼きあがった耳、キツネ色に染まったパリパリの生地は、おなかをすかせるには十分すぎる。
「さあ、飾りつけをしていきましょう」
ネクターさんは素早く生地を四枚並べたかと思うと、冷蔵庫から先ほど作ったばかりのパーツや味付け用のクリームなどを準備する。
生地を五等分にして、それぞれをイメージしたクリームやパーツを飾り付けていけば、
「出来たぁ!」
ついに、私とネクターさんで考えたプレー島群詰め合わせピザが完成した!




