28.村の秋晴れ収穫祭
「お嬢さま……おはよう、ございます……」
やっぱり朝には弱いのかどこか気だるげな料理長の声が扉越しに聞こえた。
ちょうど着替えを終えた私はカバンを片手に扉を開ける。
パニストから近くの村へ移動して、宿に滞在した私たち。
国都で同部屋だったことがよほど料理長にはこたえたみたい。今は別々の部屋だ。
数日過ごしたけれど、村はのんびりとした雰囲気があって、今までの旅の疲れもすっかり癒された。
「おはようございます! 料理長!」
元気いっぱい挨拶をすると、目をショボショボさせつつも相変わらずイケメンな料理長がびっくりしたようにこちらを見つめる。
「お嬢さまは朝に強いんですね……」
暗に朝からうるさいと言われたような気がしなくもない。料理長のことだから、特に他意はないだろうけど。
「だって、今日はドキドキ! 秋の味覚大集合! みんなも集まれ! 秋晴れ収穫祭! ですよ‼」
「……よくあれを全部覚えられましたね」
「若いので!」
「そう言われると耳が痛いです」
「料理長も若いですよ」とフォローを入れたけれど、ちょっと遅かったみたい。
料理長は相変わらずネガティブモードで、すっかりしゅんとしょげてしまった。
とはいえ、今日はこれから村の広場で大収穫祭。
そんなわけで、朝ごはんを収穫祭で食べようと約束した私たちは、こうして朝から顔を合わせることになった。
こんな一大イベントを前にしょんぼりしている暇なんてない!
「料理長! 元気出してください! 早速行きましょう!」
「そうですね……。足元、階段に気を付けてくださいね」
シュテープには珍しく全館木造建築だというウッドハウスな宿は、歩くたびにいろんな場所がギシギシ鳴って面白いのだけれど、どうやら料理長は床が抜けるんじゃないかと心配になるようだ。
この建物の素朴な可愛らしさは国都でもそのうち流行りそう。
今のうちに、と階段を先に降りる料理長の後ろ姿と一緒に宿の写真を撮っておく。
流行は作るもの! 面白いと思った直感は素直に信じるべし! だ!
「ずいぶんとリッドにも慣れてきましたね」
「はい! 料理長のおかげです!」
「とんでもありません。ウェアマグも使いこなせるようになりましたか?」
「ばっちりです! 広場までは私が案内します!」
広場までは歩いて十分程度だけど、宿が少し入り組んだところにあるから、この村に不慣れな私たちにメガネさまの道案内は必須だ。
格子状に道路が整備されている国都とは違って、縦横無尽に道がはしっているから余計に。
一階へ降りると、受付の掃除をしていた宿屋のおばさまが、私たちを見止めて「おはよう」と声をかけてくれた。
「おはようございます!」
「収穫祭に行くのかい?」
「はい! そうだ! おばさま、収穫祭でこれは絶対に食べておいた方がいい! みたいなものってありますか?」
昨日、魔法のカードで調べてはみたけれど、あまりにもいろんな情報が出てき過ぎて決められなかったのだ。
秋の味覚大集合というだけあって、どの屋台もすごくおいしそうだった。
「そうねぇ。今の時期ならやっぱりさつまいも蒸しパンかね」
「さつまいも蒸しパン!」
「パンっていっても、ケーキみたいなもんでね。朝食にもいいんじゃないかい」
「ほわぁ! おいしそうです! 食べてみます!」
「はいよ、気を付けて行っておいでね」
「いってきまーす!」
早速、地元の人からの有力情報ゲットだぜ!
パニストが近くだから小麦もたくさんあるし、この村の人たちはケーキやクッキーなんかもよく作るのかも。
宿を出て魔法のメガネさまに案内されるがまま広場へと向かう。
まさに秋晴れと呼ぶに相応しいお天気だ。
「料理長はさつまいも蒸しパンって食べたことありますか?」
「えぇ、何度か。このあたりの特産品ですね」
「へぇ! どうしておうちでは出さなかったんですか?」
料理長が知らなかったのなら話は別だけど、知っていて作らない料理もあるのか。
「あえて作るようなものでもなかったと言いますか……」
どうやらかなりシンプルな料理らしい。
思えば、蒸しパン自体お屋敷にいたころにはあまり見たことがない。そういうものなのかも。「お屋敷で料理人が出す料理か」と問われると微妙だし。
っていうか、そう考えるときちんとした食事が毎食出るんだからすごい。
しかも毎回違うお料理だ。レシピを考える料理長は大変だっただろう。
そりゃ、ネガティブにもなっちゃうかも。きっと、すごいプレッシャーだもんね。
「やっぱり、お母さまたちにお料理を出すのって緊張しますか?」
「そう、ですね。何度作っても、お口に合わなかったらどうしようか、と考えてばかりでした。特に、僕の場合は……」
言葉と共に、料理長の足音が止まる。
「料理長?」
振り返ると、彼はふるふると軽く頭を振って「なんでもありません」と気弱に微笑んだ。
なんでもない人の反応じゃない。
けれど、これ以上踏み込んでくるな、と拒絶するような雰囲気がビシバシと伝わってくる。
「じゃ、じゃあ! さつまいも蒸しパンは、料理長も久しぶりってことですね!」
なんとか無理やりに話を進めると、料理長の足も再び前へと進む。
「そうですね。良い機会ですから、シュテープの秋の味覚について学んでいきましょう」
*
村の広場は朝からたくさんの人で賑わっていた。
広場を取り囲む家々からつり下がっているたくさんの飾りや、シュテープの旗が風にはためいて、爽やかな秋空にもよく映えている。
「まずは、さつまいも蒸しパンの屋台を探しましょうか」
「はい! おなかもすきましたし!」
早くしないと誘惑に負けて、蒸しパンを食べる前におなかいっぱいになっちゃいそう。
屋台のあちらこちらからよい匂いが漂ってくる。
見ていると、食べ物だけでなくちょっとした雑貨も売っているみたい。
机やイスもたくさん並べられていて、すでに朝食を楽しんでいる人もいる。
「あ、あれですかね!」
甘い香りに誘われてやってきた広場の中心に、さつまいも色ののぼりを立てた屋台が見えた。
ちょうど出来上がったタイミングだったのか、屋台に置かれた大きな蒸し器が口を開けるのが見え――ぶわっと、おいものほっくりとした甘い秋の香りが漂った。




