279.プレー島群詰め合わせピザ
「お邪魔します!」
「どーぞ、ごゆっくり」
「いらっしゃい」
私とネクターさんを出迎えたのは、レーベンスさんとレックさんの二人だった。
すでにレーベンスさん特製のカレーが出来上がっているのか、玄関先にまでスパイスの香りが漂ってくる。
「母さんたちは外で食べてくるって出て行っちゃったから、気楽にどーぞ」
「そうなんですか⁉」
「……もしかして、僕らが来るから、とお気を遣わせてしまったのでは?」
「いや、ただ気まぐれなだけ。気にしないで」
私とネクターさんの心配は取り越し苦労だと言わんばかりにレーベンスさんは手をヒラヒラと振って否定する。
上がって、とレックさんにも促され、私たちは部屋の中へと案内された。
綺麗に片付いているリビングには家族写真がたくさん飾られている。
レーベンスさんとレックさんは、どうやらお母さま似らしい。家族で並んでいる写真は仲睦まじくて見ているこちらがほっこりするものばかりだ。
リビングからそのままつながっているキッチンは広々としていて、ネクターさんは久しぶりのキッチンに少し嬉しそうな表情を見せた。
レーベンスさんは晩ご飯の支度を始めるためか、そのままキッチンへと向かっていく。
「兄さんが用意をしてくれるから、二人はゆっくりしてて」
レックさんは私とネクターさんをソファへ案内すると、それぞれ一つずつクッションまで渡してくださった。
かわいらしいふわふわのクッションは、お母さまの趣味だろうか。
テーブルを挟んで向かいに座ったレックさんが「そうだ」と手を打つ。
「せっかくだから、今のうちにどんなスイーツを作ろうとしてるのか聞いてもいいかい? もちろん、他の人には言わないって約束する」
ネクターさんも「そう言えば」と私の方へと目を向けた。
「僕もまだ、お嬢さまの考えたアイデアをお聞きしていませんね。昨晩の段階では、いくつかイラストを見せていただきましたが。あれから何か変わったのですか?」
「実は……」
私は魔法のカバンからスケッチブックを取り出す。
ショッピングモールで、食材と一緒に買ったのだ。ネクターさんみたいに、思いついたときにすぐにメモ出来るように、と小さめのものを選んだ。
ホテルに戻ってからレックさんのお家へ行くまでの間、色々と考えたアイデアをイラストとして描いてみたものをついにお披露目するときが来た。
私は「じゃじゃーん!」とスケッチブックを開く。
名付けて、プレー島群詰め合わせピザ!
五等分にした円のそれぞれに、シュテープ、ベ・ゲタル、紅楼国、ズパルメンティ、デシと五つの国をイメージしたモチーフを描いた。
それぞれの国のイメージカラーを使って、見た目もカラフルにしてみたけれど……。
どうでしょうか、と二人の様子を窺えば、二人とも笑みを浮かべてうなずく。
「うん、良いね! すごく面白いと思う。スイーツっていうよりはピザに見えるけど」
「見た目もかわいらしく、華やかで、すごく惹かれるものがありますね。これは、僕には考えつかないアイデアです。それぞれ、違う味が楽しめそうですし……作り甲斐があります」
どうやら気に入ってもらえたらしい。
「兄さん、ちょっと来てよ」
レックさんはキッチンでカレーをよそっていたレーベンスさんを呼ぶ。
レーベンスさんも私たちの会話が聞こえていたのか「良いアイデアでも出たの」とすぐにリビングへと来てくださった。
レーベンスさんにも詰め合わせピザのイラストを見せれば、彼も
「すごく良いね。ピザをスイーツにするって発想も新鮮だし、気に入った」
と太鼓判を押してくださった。
「僕は、もう少しスイーツっぽい見た目の方が好きかも。ピザじゃなくて、タルトとか、大きなクッキー生地にしてみたらどうかな」
「それじゃあ、今までのスイーツと変わらないでしょ。僕はこのままで良いと思うよ」
伝統派と革新派。二人の意見がぶつかって、私とネクターさんは顔を見合わせた。
どちらも貴重な意見だけれど、両方を採用することは出来ない。
「実際にこれでいくと決まった訳ではありません。まだ時間もありますから。レシピや食材と合わせて、考えていきましょう」
ネクターさんが結論を濁すように二人の間に割って入れば、二人も「それもそうだね」と納得してくださったのか、あっさりと引き下がった。
「ネクターさんのメモにあった食材は全部買ってきたけど、それで足りますかね? それに、いろんなモチーフがのってるから、レシピも考えないと時間が……」
「そうですね。食材とレシピはここから分量や時間を見ながら調整していきましょう。今日は、ひとまずこのイメージに近いものを作ってみるということでいかがですか」
「了解です!」
ネクターさんの頭の中には、すでにこのイラストに近いスイーツを完成させるために、どのような食材を使い、どんなレシピにするかが浮かびつつあるのだろう。
じっとイラストを見つめながら、メモを取り出して何かを書き出していく。
「キッチンも今のうちに見ておくかい? 一通りの道具はそろってると思うけど」
「良いのですか?」
「兄さん、良いよね?」
「どーぞ」
レーベンスさんは四人分のカレーをよそい終えたのか、「キッチンも空いたしね」とうなずいた。
「レック、君は配膳を手伝って。お兄さんはキッチンを見てていいから」
手際よく指示を出しつつ、洗い物を始めるレーベンスさんはさすが料理人だ。
「キッチンも貸していただけるなんて。本当に助かりました。なんとお礼を言えばよいか」
頭を下げるネクターさんには、
「料理人同士、困った時はお互い様だよ」
とレーベンスさんはフッと口角を上げて答えた。
ネクターさんがキッチンを見ている間、私はレックさんをお手伝いする。
お世話になってばかりじゃ申し訳ないし、少しでも早くカレーが食べたい!
クゥ、と私のおなかが音を立てた。
レックさんがそれに気づいたのか、ふふ、と笑みをかみ殺す。
「カレーがおいしそうなのが良くないです! おなかがすくのは当たり前です‼」
慌てて不可抗力だと説明すれば、レックさんはこらえきれずに声を上げて笑う。
「そうだね、兄さんのカレーは世界で一番おいしいし。さ、みんなで食べよう」
レックさんの声に、洗い物を終えたレーベンスさんとキッチン見学を終えたネクターさんが、リビングへと戻って来る。
久しぶりの香辛料の香りが鼻をくすぐって、私のおなかが再び音を立てた。