278.行動しなくちゃ変わらない
メモ用紙にびっしりと書かれていたのは、食材の名前とピザの作り方。
おそらく、昨晩のメモを解読し、まとめ、改めて書き直したものだろう。
「ネクターさん……。私には寝ろって言ってたのに……」
自分ばっかり無茶をして。どこまでこの人は料理馬鹿なんだ。
思わず呆れにも似たため息が出てしまう。
きっとネクターさんのことだ。「良い案が浮かびまして、どうしても」なんて言うのだろう。
こればかりは私が言っても治る気配がない。困った人だ。料理をしていないと死んじゃう病気か何かにかかってるんじゃないだろうか。
「でも、せっかくネクターさんがここまでしてくれたんだもん。無駄にしちゃいけないよね!」
私は「よし!」とメモを握りしめて、部屋へ戻る。
ネクターさんが眠っている間に、スイーツコンテストに向けて出来ることをしなければ。
「このメモがあれば、私でもピザが作れるってことだよね……」
ピザの見た目を考えながらピザ作りの練習をすれば一石二鳥じゃない⁉
実際のものを見ながら考える方が具体的なアイデアも浮かぶかもしれない。
そうと決まれば早速お買い物に出発だ! 行動しなくちゃ、何も変わらないもんね!
私は意気揚々とカバンにネクターさんのメモと魔法のカードを詰め込んで部屋を出る。
もちろん、ネクターさんへの書置きも忘れずに。
ショッピングモールへ向かいながら、メモに書かれた食材や調理法を読む。
ほとんどのものがショッピングモールで揃いそうだ。後はキッチンさえ借りられれば問題ない。
「あれ、今日は一人かい?」
どうしたものか、と魔法のカードとにらめっこしていると、背後からポンと肩をたたかれた。
「ひゃい⁉」
慌てて振り返ると、「驚かせたかな、ごめんね」とお兄さんが笑う。
「あ! えっと……はい! レックさんですね!」
「はは、正解。よく分かったね」
「デシのお洋服だし、話し方もレックさんかなって」
私の推理に、レックさんが「なるほど」とうなずいた。
彼の手にはいくつかの紙袋。どうやら、レックさんはお買い物帰りのようだ。
「一人なんて珍しいね」
「ネクターさんは今、お昼寝中です! スイーツコンテストに向けてずっとレシピとか食材とかを考えてくださっていたみたいで。だから、私が今のうちにネクターさんの考えたレシピで試作品を作ってみようかと!」
「昨日はあんなに悩んでいたみたいだったのに。もう解決したんだね」
「はい! レックさんたちのおかげです!」
「はは、僕らは何も。二人の頑張りが実を結んだだけだよ」
「レックさんはお買い物ですか?」
「うん。今日は運営ボランティアの集まりがあって、その帰りなんだ。兄さんから、カレーを作るからついでに材料を買ってきてほしいって頼まれて」
「カレー‼ 良いですね! レーベンスさんのカレー、久しぶりに食べたいです!」
最近は甘いものが多かったし、辛いものが恋しくなってきた。
私が思わずレックさんの方へズイと体を寄せると、レックさんは少し考える素振りを見せる。
紙袋の中を覗き込んで何やら確認すると「うん」と一人うなずいた。
「多分、大丈夫だと思う。良かったら今晩うちに遊びに来るかい」
「えっ⁉ 本当に良いんですか⁉」
「どうせ、僕ら家族だけじゃ余るくらいの量だろうし……。あ、そうだ」
良いことを思いついた、とレックさんが顔を上げる。
「良かったら、二人が考えたスイーツの試作品を作ってくれないかい? カレーのお礼って訳じゃないけど、せっかくだから食べてみたいな」
「それは……」
もちろん、と言いかけて私は口をつぐむ。
レックさんのお家にお邪魔するなら、手土産の一つくらいは必要だ。ましてや晩ご飯をごちそうになるのなら、試作品くらい持っていきたい。
でも。
「実は……試作品を作るための場所がなくて」
貸キッチンを借りられない以上、試作品を作ることは不可能なのだ。
謝る私に、レックさんが「大丈夫だよ」と優しく微笑む。
「キッチンなら、うちのを使ってくれてかまわないし」
「え⁉」
それは願ってもない提案だ。私からすれば、むしろありがたい申し出である。
「良いんですか⁉」
「もちろん。スイーツコンテストのボランティア運営をしている身としては、困っている人を助けてあげられるなんて、これ以上光栄なことはないしね」
なんて良い人なんだ! レックさん、私、このご恩は一生忘れません!
レックさんの素晴らしい奉仕の精神は、私もこれからお仕事をする上で見習わなければ。
「それじゃあ、私もすぐにお買い物を済ませて、ネクターさんを起こして準備します!」
「急がなくていいよ。デシは日が暮れるのが早いけど、晩ご飯の時間が特別早いって訳じゃないから。住所は後で送っておくね」
「ありがとうございます!」
これで試作品が作れる!
舞い上がる気持ちを抑えきれず、私はレックさんの手を掴んでブンブンと上下に握手する。
善は急げ! 準備をしなくちゃ!
お別れの挨拶を済ませて、私はショッピングモールへと再び足を向ける。もはや駆け出したくなるほど足が軽い。
もちろん、明日以降はまたキッチンを探す羽目になるのだけれど、とにかく今日一日だけでもキッチンを借りることが出来たのは幸いだった。
「そうだ! どんな見た目にするか、晩ご飯までには考えておかなくちゃ!」
まだ完璧なものにはならないだろうけれど、少しでも自分の考えたコンセプトが表現できるようなものを作りたい。
レックさんたちからもアドバイスをもらえる良い機会なのだ。
ショッピングモールでメモに書かれている食材一式を買いながら、ピザの見た目を考える。
とにかく、旅の思い出が詰まったものにしたい。
出発点になったシュテープは、今まで暮らしてきた国なのに知らないことがたくさんあった。
ベ・ゲタルではアオとの出会いと別れがあり、紅楼国ではネクターさんとの仲が深まった。
ズパルメンティの魔法みたいな日々も、デシでの美しい景色の数々も。
ネクターさんがくれたメモに書かれた食材は、両手いっぱいに抱えても持ちきれないくらいにいっぱいで。
旅の思い出は、それらの食材でも表現しきれないほど彩り豊かだった。