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275.スイーツ・ターニングポイント

「ネクターさん!」

 私がネクターさんの部屋をノックすると、ネクターさんが驚いたように扉の向こうからひょこりと顔をのぞかせた。もう寝る準備をしていたのか珍しくメガネモードだ。


「どうされたんですか?」

「スイーツコンテストのアイデアが浮かんだんです! だから相談しようと思って!」


 ネクターさんの顔が途端に明るくなる。けれど、何かに気付いたのかすぐに眉を下げた。

「……今日は、休息日にすると言ったはずでは? お嬢さま、もしかして、ずっとコンテストのことをお考えになられていたのですか?」


 まずい。

 私はしまった、と口元を両手で覆う。先ほどまでリンゴを切っていた手からは、爽やかな香りがほんのりと漂った。


「……お嬢さま。まさかと思いますが、おひとりで練習を?」

「れ、練習⁉ ままま、まさか! きょ、今日は休憩だって言いましたもんね! そ、それにアイデアだって、ほら、急にこう浮かんできたと言いますか!」


 私の視線は定まらない。嘘はつきなれていないから、どうしたって落ち着かないのだ。

 慌ただしく動く私の目に、ネクターさんは何かを悟ったらしかった。大げさなため息が私の頭上に落ちる。


「大方、リンゴの皮剥きでもしていたのでは? 自然な甘い香りがします」

「シャ、シャンプーです!」

「同じホテルのものでしょう?」

「それじゃあ、柔軟剤?」

「それも、同じホテルのものですよ」


「ごめんなさい」

 もうこれ以上はごまかせない。

 私が素直に謝ると、ネクターさんは再びあからさまにため息を一つ。

「……まったく、これでは怒るに怒れませんね」


 ネクターさんはそっと私の頭を撫でる。驚いて私が顔を上げると、にっこりと笑うネクターさんと目が合った。

「ありがとうございます、お嬢さま。真剣に向き合ってくださって」

 昔の僕を見ているようで不安ですが、と冗談交じりに付け加えるネクターさんは本当に怒っていないみたいだ。


「お嬢さまの部屋にお窺いします。さすがにずっとその恰好で立ち話という訳にもいかないでしょう……」

 ネクターさんは苦笑すると、私を部屋に戻るよう促した。


 早くネクターさんに相談したくて飛び出してきたけれど、確かに、パジャマのままでずっと廊下に立っているというのはよろしくないかもしれない。

 戻ったらせめてもう一枚上着を羽織ろう。



 *



「それで……お嬢さまのアイデアをお聞かせいただいても?」

 ネクターさんとようやく落ち着いて話が出来るようになったのは、結局数十分後のことだった。


 部屋に入るなり、私がリンゴの皮剥き練習をしていた痕跡を見つけたネクターさんが、それらを片付け始めたのだ。

 呆れたように笑っていたけれど、ネクターさんは私に休憩してほしかったのかもしれない。根を詰めすぎてはいけない、とお小言もいただいた。


 その後も、冷えないようにとお茶を入れてくれたり、テーブルをセッティングしてくれたり。ネクターさんが一通り、ゆっくり落ち着いて話せる空間を作ってくださった。

 またネクターさんの厚意に甘えてばかりだ、と私は反省するしかない。


「お嬢さま?」

「あ! すみません! ネクターさんはすごいなって思ってたら、ボーっとしちゃってました」

「やはり今日はお休みになられますか?」

「いえ! 忘れちゃうといけないから! 続けましょう!」


 私は先ほど考えたアイデアをネクターさんに伝えていく。

 見た目よりも先にコンセプトを考えたこと。それぞれ三つのテーマに対して、旅の思い出を盛り込みたいこと。

 何より、私たち二人にしか作れないスイーツを作りたいということ。


「……なるほど。すごく良いアイデアですね。コンセプトとしてもすごく説得力がありますし、テーマとの親和性も高い。オリジナリティもあります」


「だけど、やっぱり見た目とか、三つもスイーツを考えるのが難しくて。時間制限もあるから、私の実力を考えたら簡単なお菓子が良いと思うんです。でも、あまりシンプルすぎると見た目が地味になるでしょう?」


「そうですね。お嬢さまがおっしゃられたアオやドラゴンの見た目をしたケーキであれば、インパクトもあって面白いかもしれません。ドラゴンは同じ発想の方もいらっしゃりそうですし、アオの方が良いかも」


「動物モチーフをくじ引きで引けたら一番ですけど、問題はデシとあったかいもの、ですよねぇ」

 私が呟くと、ネクターさんは同じことを考えていたのか「困りましたね」と相槌をうった。


「さすがに、デシをイメージした色合いと花のケーキでは、他の方と同じようなケーキになりそうです。そういった細かい装飾が必要なデコレーションケーキは、デシ出身の方にはかないませんし……」


「そっか。地元の人の方がきっと、デシのお花とか柄は詳しそうですもんね。私たちじゃ付け焼刃になっちゃいそうです」

「おっしゃる通りです。それでは二番煎じになってしまう可能性もあります」


 ネクターさんはメモにペンを走らせながら、

「あたたかいものも、お嬢さまの発想はすごく良いですが……ガラスを再現するには飴細工のような技術が必要になりますね」

 もう一つのテーマについても「なかなか難しい」と考え込んだ。


「良いアイデアだと思ったけど、やっぱりそう簡単にはいきませんね! 悔しい……。都合よく三つのテーマを全部詰め込んだ! みたいなお菓子があればいいのに!」


 冗談半分にわがままをこぼせば、ネクターさんもつられて笑う。

「そんな都合の良いお菓子があったら、スイーツコンテストのテーマを三つにした意味がありませんよ。料理ならなんとかなるかもしれませんが……」


 料理人としての本音だろう。お料理なら、お菓子に比べてあたたかいものがほとんどだろうし。

 デシを表現できて、動物がいて、あたたかいお料理なら作れそうだ。


 ……ん?

 私の頭に何かがひっかかる。

 お料理なら作れそうなのに、お菓子になると作れない。そんなことがあり得るのだろうか。


「ネクターさん! それです! お料理なら作れるんですよね⁉」

 お菓子が作れないならば、お料理を作ればいいじゃない!

 私の中のマリー・なんとかネットさんが声を上げた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 慌てて誤魔化した挙げ句に観念してごめんなさいするのが、もう想像できてしまって笑えてきます(笑) うんうん、ネクターさんもそんな彼女の様子を見たら、怒るに怒れませんよねえ。 (⌒▽⌒) コ…
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