273.ホップ・ステップ・休んで、ジャンプ!
「なるほど。それで二人は喧嘩してたんだ」
双子のお兄さんたちおすすめのカフェで注文をすませた私たちは、事のいきさつを二人に話す。
どうしてこの町に来たのか。なぜ、仲裁されてしまうほどの喧嘩をしていたのか。
お兄さんたちは同じ顔をしているけれど、見せた表情は全く別物だった。
お兄さんは興味がないのか、それとも元々ポーカーフェイスなのか「ふーん」と一言相槌を打っただけだ。対して弟さんは
「スイーツコンテストの件は、ボランティアの方でも聞いたよ」
と同情するように苦笑した。
「もしかして、お兄さんはスイーツコンテストもボランティアを?」
「はは、兄さんがいる前でお兄さんって呼ばれるのは少し落ち着かないな。僕のことはレックと呼んでくれるかい」
「僕はレーベンス」
お兄ちゃんにあたるレーベンスさんと、弟にあたるレックさん。
よし、覚えた。ちゃんと二人を間違えずに呼ぶことが出来るかは分からないけれど。
「お察しの通り、僕はスイーツコンテストのボランティア運営もやってるよ。残念ながら、君たちの役に立てることはないけどね」
レックさんはスイーツコンテストのルール変更について、本当に何も知らないらしい。
「主催者の言い分も分かるよ。同じことの繰り返しじゃ、いつまでも発展しない」
「兄さんは相変わらずだな。そのせいで、こうして困っている人がいるのに」
「今までは主催者側が困っていたんだから、お互いさまだよ」
レーベンスさんの淡々とした口調に、レックさんは肩をすくめた。
そっか。レーベンスさんは革新派で、レックさんは伝統派だって言ってたっけ。
こういうちょっとした考え方の違いが、喧嘩まではいかずとも一緒には暮らせない理由なのかも。ずっと一緒にいるとそのうちに喧嘩になりそうだ。
「お待たせしました」
私たち二人と、レーベンスさんたち二人の気まずい空気を遮ったのは店員さんだった。
それぞれ注文した飲み物とスイーツがテーブルに並べられる。
「ほわぁ! かわいい~っ!」
私が注文したのはフルーツティーとリンゴのカスタードタルト。切られたリンゴがまるでバラのように美しく敷き詰められていて、とにかく綺麗だ。
「ネクターさんの頼んだレモンタルトもおいしそうです!」
「後で交換しましょうか」
「ありがとうございます!」
「はは、さっきまでの喧嘩が嘘みたいだね」
「ほんと。相変わらず仲が良い」
私たちをからかう二人も、ハーブティーに同じタイミングで口をつけている。私からすれば、レーベンスさんとレックさんだって仲良しな双子だ。
早速リンゴのカスタードタルトにナイフを入れる。タルト生地は意外とすんなりナイフで切ることができた。
ザクッ――良い音が鳴る。
「わぁっ! カスタードがとろとろっ……!」
切った断面から、カスタードクリームがこぼれ落ちる。
一口大に切ったタルトをフォークで口に運べば
「ん~! 甘くておいしい……幸せ……」
たっぷりの砂糖で煮詰められたリンゴの甘酸っぱさが鼻に抜けた。
カスタードのとろけるような舌触り、優しい卵の甘み、リンゴの甘酸っぱさとシャキッとした食感。
そこに香ばしいバターの香りとタルト生地のザクザクとした歯ごたえを感じれば、もう言葉には言い表せないほどの贅沢を感じる。
「最高です! リンゴとカスタードとクッキーって、こんなに最強の組み合わせがあったなんて……。ここに埋もれて死にたいです……」
「お嬢さま、それはご勘弁を……」
私とネクターさんのやり取りに、目の前の二人がブフッとこらえきれずに笑う。
「ほんと。変わってないみたいで安心したよ」
「兄さんの言う通りの食べっぷりだよね。見てるこっちまで嬉しくなるよ」
「ネクターさん、レモンタルトのお味はいかがですか!」
「こちらもおいしいですよ。レモンとヨーグルトムースの酸味が非常に爽やかですね。クリームがあまり重たくないので食べやすいですし。ハチミツを自由にかけて味を変えられるという発想も、僕では思いつかないのですごく勉強になります」
ネクターさんも相変わらず饒舌だ。
しっかりとメモまで取っているあたり、スイーツコンテストを意識しているのかもしれない。
驚いているのはレーベンスさんだった。
「……お兄さんは、少し変わったね」
「そうなのかい?」
「うん。ベ・ゲタルにいたころは、もっと寡黙な人だったよ。驚いたな」
そっか。レーベンスさんと会ったころはまだ、ネクターさんは味覚を失っていたから。
ネクターさんが変わった理由まで詳しく聞くつもりはないのか
「旅の中で変わらない君と、変わっていくお兄さんを見ると、デシを見ているみたいでおもしろいね」
レーベンスさんは口元だけで笑みを浮かべるにとどめた。
もしかしたら彼は、占い屋さんの特殊スキルで、私たちのことなんてお見通しなのかもしれない。
「そうだ! 二人はスイーツコンテストで悩んでいるんでしょ? 兄さんに占ってもらったらどうだい?」
レックさんが良いことを思いついた、と手を打つ。
私とネクターさんはその提案に顔を見合わせて、どちらともなく首を横に振った。
多分、気持ちは一緒だ。
「ありがたいお言葉ですが、僕らは遠慮しておきます」
「そうですね! 私たち、このコンテストは二人で優勝したいんです! 私も、さっきまではネクターさんを優勝させたいって思ってたけど……少し、気持ちが落ち着いて冷静になりました」
私はやっぱり、ネクターさんと一緒に優勝したい。
自分の実力が足りないなら、足を引っ張らないくらいまで努力すれば良いだけのことだ。
始める前から諦めるなんて、私らしくない。
自分の気持ちを正直に打ち明けると、目の前の二人も顔を見合わせる。
「うん、良いね。僕も賛成」
「そうだね! その代わり、僕らに出来ることがあれば協力するよ。困ってることがあったら、なんでも言って」
レーベンスさんとレックさんは、珍しく同じ表情でやわらかく笑って見せる。
ネクターさんの言う通り、休憩して良かったかも。
なんだか良いアイデアが沸いてきそうな気がする。
私は自分の中に生まれた小さな希望を、タルトと一緒にゆっくりと噛みしめた。