270.食べることと同じくらい
「おじいちゃん! 審査員賞、おめでとう‼」
エンテイおじいちゃんがやってくると同時、私は事前に用意していたクラッカーを鳴らす。
パンッ! と軽い音に、おじいちゃんはほっほと笑い声をあげた。
「まさかこの年になって祝われるとは。ありがとう、フランちゃん、アンブロシアさん」
「さ! おじいちゃん! 今日はお腹いっぱいご飯を食べて! お酒を飲んで! お祝いしようね!」
「お酒は少しにしようかのぉ、この後、別の用事があってな」
「そうなの⁉ それじゃあ、最初の乾杯だけ!」
おじいちゃんを案内すると、ネクターさんが椅子を引いておじいちゃんを座らせる。
「ほぉ……これはまた豪華な……」
おじいちゃんは驚いたように目を見張った。
貸キッチンだから決して広くもないし、部屋を飾り付ける時間はなかったから殺風景だけど、そんなことは気にならないくらいテーブルの上は豪華だ。
ネクターさんが作ったお料理は言うまでもなくおいしそうだし、私が挑戦したシフォンケーキにはシュガーローズをいっぱい飾り付けた。
「私とネクターさんで作ったんだよ!」
「それはすごい……。フランちゃんは、料理まで出来るようになったのかい」
「お料理はネクターさんだけど、このシフォンケーキは私が一人で作ったの!」
「おや! それはお父さんが聞いたら喜ぶだろうねぇ」
エンテイおじいちゃんはお父さまとお酒仲間だし、帰ったらこの話をお酒のおつまみにするのだろう。
きっと驚くに違いない。お父さまのびっくりする顔を見ることが出来ないのは、少し残念だ。
「まさか、デシに来てこんなに豪華な料理をいただけることになるとは思わなかったねぇ。アンブロシアさんの料理までいただけるとは……」
「そう言っていただけて光栄です。エンテイさまのお口に合うと良いのですが」
「それでは、せっかくですからいただこうかな……。いやはや、こんなに食べられるかどうか……」
「大丈夫! 食べきれなかったら、私が食べるから!」
「お嬢さま、無理はなさらずに。余ったら、何か入れ物に詰めて持ち帰れるようにしましょう」
ネクターさんに促されて、私も席につく。最後にネクターさんが座って、すでにお酒が注がれたグラスを三人で持ち上げた。
デシの国でとれたフルーツとおじいちゃんのシュガーローズを添えたサングリアだ。
「「我らの未来に幸あらんことを」」
お祈りの代わりにグラスを鳴らす。
私たちは皆、そのままグラスを傾けた。
「うん! おいしいです! シュガーローズのおかげで甘いし、ジュースみたい!」
「そうですね。飲み過ぎないように注意しなければ」
「フランちゃんのお父さんに持って行ってあげれば喜びそうだ」
「もしよければ、残りを持って帰られますか? 一杯だけとのことですし……」
「良いのかい? それじゃあ、遠慮なくいただいておこうかの」
エンテイおじいちゃんはニコニコと一杯目のグラスをあっという間に飲み干した。
さすがはお父さまのお酒仲間。
だが、少しだけ、と最初に宣言した通り、二杯目はフルーツティーを自ら注いでいた。
「シュテープの料理とデシの料理が一度に味わえるとは。夢のようですな」
お花のサラダを取り分けたエンテイおじいちゃんは、シュテープでおなじみのパスタにも目を向けた。
「せっかくですから、両国のお料理をと思いまして」
ネクターさんは嬉しそうにうなずいて、おじいちゃんのお皿にパスタを盛っていく。
それ以外にも、シカ肉のシチューやサーモンマリネ、一口ピザに、オリーブとチーズのちょっとしたおつまみが並んでいて、私もどれから食べようか迷ってしまう。
ネクターさんが取り分けてくださるままにどんどんとお料理を口に運べば、おじいちゃんが「良い食べっぷりだね」と笑った。
今までの旅の話をしたり、おじいちゃんからシュテープのことを聞いたり。おしゃべりしながらのお食事はあっという間に時間が過ぎる。
食べる前は、食べきれないくらいの量に見えたお料理もどこかへと消えてしまった。
「……さ、そろそろデザートをいただこうかの」
ゆっくりとフルーツティーを味わったおじいちゃんが、私の作ったシフォンケーキへと手を伸ばす。
シフォンケーキの上に飾り付けたシュガーローズを見つめるおじいちゃんの瞳は、まるで子供や孫を見るように暖かい。
「とっても綺麗で、おいしそうだ」
おじいちゃんのその言葉に、私の胸がじんと熱くなった。
初めて一人で作ったお菓子だ。
おじいちゃんに喜んでもらえるだろうか……。
ドキドキと高鳴る鼓動をおさえて、おじいちゃんの一挙手一投足をじっと見つめてしまう。
シフォンケーキを切り分け、おじいちゃんはゆっくりとケーキを口に運ぶ。
そっと目を閉じ、黙々と口を動かしている様子を見るに、決してまずくはなさそうだけれど……。
おじいちゃんがそっとフォークを置く。
私はゴクンと唾を飲んだ。
緊張の一瞬。
おじいちゃんが口を開くまでのその一瞬は、とてつもなく長く感じた。
「……うん、おいしいねぇ。すごく上品な味だ」
「ほんと⁉」
嬉しさのあまり、思わず私は身を乗り出す。おじいちゃんは「うんうん」と何度もうなずいて笑顔を見せた。
「フランちゃんほど、上手な感想は中々出てこないがね。シュガーローズの甘さと香りが良く引き立っておるよ。フランちゃんのように上品で優しい味わいだ。食感も、歯の弱い老いぼれにはちょうど良いのぉ」
最後に冗談みたいな一言を付け足したおじいちゃんは、ほっほと自分で笑い声をあげて、再びシフォンケーキを口へ運ぶ。
「おなかがいっぱいだ」と先ほどまで言っていたはずなのに、おじいちゃんは皿に盛りつけた一切れをしっかりと食べきった。
もちろん、おじいちゃんだけでなく、ネクターさんも全部食べ切ってくださって、シフォンケーキがのっていたお皿も綺麗に片付いている。
私の胸には、いっぱいの喜びが熱を帯びて広がっていく。
安心感はもちろんだけれど、それ以上に言い表せないほどの幸せがある。
「お料理って、食べるのと同じくらい、食べてもらえたら嬉しいんですね」
私が小さく呟くと、ネクターさんはやわらかく目を細めた。




