268.歴史を紡いできたもの
コンテストの結果がそろそろ発表される。
そんな館内放送を聞いて、私たちはコンテスト会場へと戻ったのだが……。
「あの子……!」
すでに結果発表の準備が整ったステージの上にいたのは、あのお嬢さまだった。
服装も靴も、髪形までもが同じ。
先ほどはサングラスで分からなかったけれど、綺麗な青い瞳と整った顔立ちは、まるで人形のようだ。
私が驚愕の声を上げたことで、隣にいたネクターさんも気づいたらしい。
「先ほどおっしゃっていた方というのは……」
「きっとあの子です! でも、どうしてあんなところに⁉」
ステージの上に立って、スタッフさんと何やら話をしている様子を見ると、このコンテストの関係者ということになるのだろうけれど。
「司会の方でしょうか? 今からちょうど結果発表ですし……」
「皆さま、本日はようこそお越しくださいました」
ネクターさんの声をかきけすように、彼女の声がマイクを通して会場に響いた。
「伝統あるシュガーローズコンテストを今年も無事に開催できたこと、大変光栄に思いますわ。王族を代表して、わたくし、ダイアナ・ローザがお礼と総評を述べさせていただきます」
「王族⁉」
私は思わず大声を出してしまう。周りからも驚いたような視線が集まったけれど、今はそれどころじゃない。
お嬢さまって、そういうこと⁉ っていうか、それ、お嬢さまじゃなくて、お姫さまじゃない⁉
「お嬢さま、落ち着いてください」
ネクターさんに小声で注意され、私は慌てて自らの口を覆う。これくらいしていないと、まだまだびっくりして声を上げてしまいそうだ。
会場にはこれでもかと人が集まっている。もちろん、お嬢さま、改めダイアナさまは私のことなど意にも介せず話を続ける。
「まずは、お忙しい中、このコンテストに参加してくださった国民の皆さま、そして、国を超え、遠方よりお越しくださった皆さまにお礼を申し上げます。長きに渡り続いてきた伝統あるコンテストは、皆さまのお力で支えられておりますの。伝統と革新、この二つによって発展してきたデシの国の歴史を、皆さまと共に刻むことが出来ることを光栄に思いますわ」
私を助けてくれた時と同じ、堂々とした立ち振る舞いは、まさに王族のそれにふさわしかった。
「今年のコンテストは開催前も、開催中も、色々とありましたが……」
そう前置きした彼女と目が合ったような気がした。けれど、彼女はふっと口元に笑みを浮かべただけだ。
「伝統と革新、その二つはどちらもデシにとってなくてはならないものですわ。価値観の違いから、対立は避けられないとおっしゃる方もいらっしゃるでしょう。けれど、わたくしたちは、分かり合えます。同じ困難を乗り越え、厳しい環境の中で生き抜く国民なのですから」
ダイアナさまは国民全員に諭すように、ゆっくりと会場中を見渡した。
さっきのおじさまたちは、サングラスのせいで彼女を王族と認識できなかったのか、それとも元々顔を知らなかったのか。
どちらにせよ、今頃二人で無礼を働いてしまったことを反省していることだろう。
「このシュガーローズコンテストが、その一助となることを祈っておりますわ。今年のシュガーローズは、どれも大変美しく、香りも、味も、そして皆さま方の個性も、例年に比べても大変素晴らしいものでした」
彼女の話は、流れるようにコンテストの総評へと移っていく。
おじさまたちを手のひらで転がすような、あの巧みな話術は王族仕込みだったようだ。
「わたくしたち審査員は、公平に選考をいたしました。また、この会場を訪れた多くの方々が投票をしてくださっております。投票の集計が終わりましたので、今から結果発表をいたしますわ」
ダイアナさまの宣言に、会場中がわっと盛り上がる。
いよいよ待ちに待った結果発表の時だ。
ダイアナさまから、司会のお姉さんにマイクがバトンタッチされ、そこからどんどんと賞が発表されていく。
会場で人気の高かった特別賞をはじめ、見た目、香り、味の三つはそれぞれ独立した賞があるようだ。
「つづきまして、審査員賞の発表にうつります。審査員賞に選ばれたのは、三つ! 一つ目は……!」
ドラムロールの後に、はっきりと名前が呼ばれる。スクリーンにも、その文字が大きく投影された。
「シュテープから参加いただきました、エンテイさま!」
おじいちゃんの名前だ!
わっとどこからか歓声が上がる。その声が、お父さまのものに似ていて、私とネクターさんは思わず顔を見合わせた。
多分、よく似た他人だろう。お父さまたちは、最近とにかくお仕事が忙しかったみたいだし、デシまで旅行に来る暇なんてないはずだもん。
おじいちゃんはステージ上で、ダイアナさまから直々に賞状とガラスで出来たバラのようなオブジェを受け取っていた。
エンテイおじいちゃんのフェアリーテイルは、そのコンセプトと見た目、香り、味の全てで審査員から好評だったという。
特に、上品な味が年配の方や大人の心を掴んだそうだ。
嬉しそうに手を振るおじいちゃんに、私たちも大きく手を振る。
後でお祝いもしなくちゃ!
その後も審査員賞が二つ発表され、いよいよ、コンテストの優勝者が発表されることとなった。
優勝者は直々にダイアナさまからお名前を呼ばれるらしい。
いつもより長いドラムロールが、会場を緊張に包む。
バン! とはじけたスネアの音と同時に、ダイアナさまが名前を呼びあげた。
歓喜の声と大きな拍手が会場に響き渡る。
「私が投票したやつです!」
「おや、お嬢さまもでしたか。実は僕も投票をしました。シュガーローズの中でも面白い試みでしたので」
選ばれたのは、チョコレートローズ。
その名の通り、チョコレートのような色合いと香り、そしてシュガーローズよりも濃厚でくちどけの良い味がみんなからの人気を博したようだ。
革新派が選ばれた、とうがった見方をする人がいるかもしれないけれど、ダイアナさまの総評を聞いていれば、そんなことも気にならない。
デシは、こうしてみんなで歴史を紡いできた国なのだから。
全ての発表が終わって、私とネクターさんはどこか晴れ晴れとした気持ちで会場を後にする。
デシは、甘い砂糖菓子の匂いに包まれていた。