267.私たちのフェアリーテイル
結局、おじさんたち二人は仲直りとはいかないまでも、お互いに認め合う形で引き分けとなった。周囲の人たちがおじさんたちのシュガーローズに興味を持ってくれて、人気を博したことも影響しているかもしれない。
私はネクターさんにこれでもかと心配されたけれど、無理やりにでも私を連れだしてくださったおかげでその場から離れることが出来た。
とはいえ、話題は先ほどのことばかりだ。
「さっきの人は一体何者だったんでしょう?」
ネクターさんが飛び出してきた時、もう一人のイケメンなお兄さんが彼女のことを「お嬢さま」と呼んでいたような気がするけれど。
「そんなに気になる方だったのですか?」
「それはもう! 見た目はすっごく美人でかわいいのに、おじさん相手にあんなに堂々としてて格好良くて! 私とあんまり年齢も変わらないように見えたのに……」
ネクターさんを探してオロオロしていた私とは大違いだ。
普通は、あの子みたいに困っている人を助けることも難しいだろう。しかも、おじさんたちの喧嘩を止めたのだから更にすごい。
「あと一歩で恋に落ちちゃうところでした! 沼にはまっちゃいそうです」
「恋はともかく……沼?」
「推しです!」
「おし……?」
ネクターさんは首を傾げるも、それ以上は聞くまいと決めたのだろう。
隣のブースからシュガーローズを受け取ってきて、私に「次はこちらをどうぞ」と手渡す。
「もう一度会いたいなぁ」
口の中で甘く溶けて行くシュガーローズは、まるで恋の味だ。
エンテイおじいちゃんにも話してあげたい。
そんなことを考えながらしばらく歩いていると、ようやくエンテイおじいちゃんがいるブースが見えてきた。
パンフレットに掲載されていただけのことはあって、人だかりが出来ている。
あまり近づけないから、と人が少なくなるのを待って遠くからエンテイおじいちゃんの声を聞く。
どうやらシュガーローズの解説をしているらしかった。
「このシュガーローズは、ある二人に影響を受けて育て始めたものでしてねぇ」
のんびりとした語り口調は、聞いている人の気持ちを穏やかにさせる。
「半年ほど前までは、シュガーローズコンテストへの参加を悩んでいたんですよ。わしももうこんな老いぼれですからのぉ。普段はシュテープでガーデナーをやっておるんですが、何せデシの環境は老いぼれには厳しいもんで」
おじいちゃんの自虐に、周囲の人たちから笑いが起きる。掴みはばっちりだ。
「ですが、ちょうどそのころ、知り合いの子がお付きの人を一人連れて、突然旅に出ると言いに来まして。最初は心配だったんですが、二人を見ているとなんだかうまくいくような気がしましてな。二人の挑戦する姿を見送って、わしも挑戦しなくてはいけないような、そんな気持ちになったんですよ」
「……ん?」
おじいちゃんの話に違和感を抱いたのか、ネクターさんの口から疑問が漏れる。
もちろん私も同じだ。だから、思わずネクターさんの方を見てしまった。
「それから、このシュガーローズを慌てて開発しました。二人の旅路が良いものになるように、と思いましてね。フェアリーテイルという名前も、二人の旅がいつかおとぎ話のように皆へと語り継がれるような素晴らしいものになれば、と思ってつけたんですよ」
おじいちゃんの解説が終わり、拍手が起こる。
私とネクターさんは、なんだか恥ずかしいような、こそばゆい気持ちになって、エンテイおじいちゃんを見つめた。
香りも味も、もちろん知っている。優しくて、繊細で、フルーティーで。おじいちゃんの人柄が詰まったような素敵な甘さだった。
けれど、それも――自惚れかもしれないけれど――私たちのことを思って、愛情たっぷりに育ててくれたからこそ、おいしく感じたのかもしれない。
おじいちゃんが昨日、泣いて喜んでくれたのもこのエピソードを聞けば納得してしまう。
「……おじいちゃん」
人がはけたタイミングでエンテイおじいちゃんに声をかける。
「おや、フランちゃんたちじゃないか。わざわざ来てくれたんだねぇ、ありがとう」
おじいちゃんは、まさか私たちが先ほどの話を聞いていたとは思っていないのか、いつも通りだ。
「さっきの話、聞いてたよ」
「おや! そうかい……それは、それは……恥ずかしいもんだね」
おじいちゃんはほっほと笑い声をあげて、ポリポリと頭をかいた。
「まあ、今更隠すことでもないだろう。この花が紫とオレンジなのも、フランちゃんたちをイメージしたからなんだよ。やっぱり、二人にはよく似あう」
おじいちゃんは私たちに一枚ずつ、それぞれの色の花びらを渡す。
「わしも、挑戦してみて良かったよ。色々あったが、良い思い出が出来た」
「……僕にとっても、今、良い思い出がまた一つ増えました」
ネクターさんが花びらをそっと握りしめて笑う。
旅のおしまいは確実に近づいている。でも、最後の最後まで、きっと良い思い出が出来るに違いない。
「おじいちゃん! ありがとう!」
「これで投票してくれると嬉しいんじゃがなぁ」
「それは他のも見てから決める!」
「ほっほ、厳しいねぇ。さすがはテオブロマ家のお嬢さんだ」
おじいちゃんからもらった花びらを口に含む。
ラムネのようにほろりと崩れるようなやわらかな食感と、優しくて爽やかな甘さは、忘れられない味になるだろう。
「さっきも食べながら思ってたんですけど、シュガーローズって恋の味ですね」
私が小さく呟くと、ネクターさんが「へっ⁉」とすっとんきょうな声を上げた。
「いえ! なんていうかその、忘れられない味だなって思って。いろんな味があるけど、どれもちゃんと物語があって、育てた人の想いがつまってて……きっと、また思い出すと思うんです。おいしかったなって」
ネクターさんは「なるほど」となぜか胸をなでおろしている。
一体何を想像したんだろう。
「僕らも、この経験をスイーツコンテストに活かさねばなりませんね」
「それよりも先に、シュガーローズコンテストの投票ですけどね!」
「そうでした。そろそろ候補を絞らなくては」
私たちはエンテイおじいちゃんにお別れを告げて、投票箱のあるブースへと向かう。
それぞれの想いを投票用紙に込めて箱に入れれば、シュガーローズコンテストの午前の部が終了した。