265.波乱⁉ シュガーローズコンテスト(2)
「うわぁ~! 人がいっぱいです!」
ガーデン・パレスの前には、すでに長蛇の列が出来上がっていた。コンテスト開始までまだ三十分はあるというのに、どうやら一足遅かったみたいだ。
ネクターさんと一緒に列に並んで開場の時を待つ。
裏口からすでに入場を始めているのは出場者や関係者の人たちだ。
マスコミ関係者であることが一目でわかるようなグループもあって、このコンテストがどれほど注目されているのかよくわかる。
「私が緊張してきちゃいました……」
アオの時もそうだったけれど、コンテストには特有の熱気みたいなものがある。緊張感と高揚感が混ざり合ったような、ちょっとソワソワしちゃうような、そういう雰囲気が。
なんとか緊張をごまかしながら待っていると、ガーデン・パレスの入り口が開門したのか、一気に周囲が賑やかになった。
少しずつ列が動いていく。みんな向かう先は同じだ。
「いよいよですねっ!」
「えぇ、シュガーローズコンテストを楽しみましょう」
私とネクターさんもみんなに続いてコンテスト会場である温室へ向かう。
昨日の時点で下見は済ませているし、広いガーデン・パレスの中でも迷うことはない。
会場へと足を踏み入れれば、瞬間、まるでスイーツショップにいるかのような甘い香りに包まれた。
「ほわぁぁ……! 良い匂い! それに、会場一面がシュガーローズに囲まれてて綺麗です!」
様々なシュガーローズが植えられた鉢や花壇がズラリと並んでいる様は圧巻だ。色も形もそれぞれ違い、個性が際立っている。
「すでにいくつか人の集まっているところがありますね」
「パンフレットに載ってた人のところじゃないですか? やっぱり注目されてるでしょうし!」
あちらこちらで取材も始まっている。特に人の多いところは、そういった関係もあってよく目立っていた。
もちろん、注目株ではない人たちも、自分の育てたシュガーローズのそばに立って、通りがかった参加者にシュガーローズの説明をしたり、試食をすすめたりしている。
「どこを見て回ったのか分からなくなってしまいそうですね。端の方から一つずつまわりましょうか」
「そうですね! 人も多いし、似たような景色が続いてて、私はすでにどこにいるのか全く分かりません!」
入り口で会場の地図はもらったけれど、入った扉の番号も見ていなかった。
ずらっと鉢植えが同じ間隔で並ぶ広い温室内では、自分の居場所を把握することも難しい。鉢植えに投票用の番号がついているから、地図と照らし合わせて確認は出来るのだろうけれど。人ごみの中では確認するだけでも至難の業だ。
「お嬢さま、お手を」
「ほぇ?」
「このままでははぐれてしまいそうですから」
ネクターさんに差し出された手を言われるがままに取る。ネクターさんはスイスイと人の波を避けて会場の端へとたどり着くと、地図を広げて「今はここですね」と指さした。
繋いでいた手は離されたものの「ここから順番に、こうまわります」と地図を指し示すネクターさんの口調からは「絶対に離れるなよ」と意志が込められている。
「百人近い人が出場してたんですね……」
「これらの中から、三票に絞らねばならないとは……。選ぶ方も大変ですね」
投票権は一人につき三か所まで。同じものに三つ入れてもいいし、バラバラに三つを選んでも良い。
選ぶ基準も完全におまかせだ。見た目であったり、香りであったり、味であったり。そのどれもを総合して選ぶ人もいれば、それぞれ一つずつ、なんて選び方も出来る。
ネクターさんと一つずつ鉢植えを見て回りながら、私は「どうしよう」とシュガーローズを凝視する。
似たようなものもあれば、かなり奇をてらったものもあって、そもそも百近いそれらを覚えておくことも難しい。
しかも、だ。
「お嬢ちゃん、ウチのは特別甘いよ! ぜひ味を見てってちょうだい!」
前を通るたび、シュガーローズの花びらが渡されて、それらの試食をさせてもらえるのだ。余計にジャッジが難しくなる。
「ネクターさんはどうやって選んでるんですか?」
「僕は、見た目が好みだな、と思うものだけ香りを試しておりますよ。それから、香りも好みであれば味を。料理を選ぶ時と同じ基準ですね。全て確認していると、時間がなくなってしまいそうですから」
なるほど、それは賢い選択だ。
私はついつい掘り出しものを探すような感覚で、全部をきっちり見てしまいたくなる。
そのうえで印象に残っていたものに票を入れたい。
「僕は、料理人として今までコンテストにも参加してきましたし、屋敷でも、皆の料理の味を見る立場でしたから。どうしても効率的に、と考えてしまうのですが」
「それじゃあ、私は貿易商としての立場から、ってことになるんですかね? 何か一つでも珍しい! みたいな特徴があると、商売になりそうだなって考えちゃいます。だから、全部のお花を吟味したくなっちゃうのかも」
立場が違えば、意識することも違う。
お互いに見方も変わってくるわけで、しばらくシュガーローズを吟味していると、私たちの間にはついつい距離が出来てしまうのも当然のこと。
ネクターさんが大抵の場合は待ってくれているのだけれど、人が多くて見失ってしまいそうになる。
気を付けないと、とは思うんだけど……。
「ん! このシュガーローズは、見た目よりも薄味で繊細ですね⁉」
やっぱりおいしいシュガーローズには足を止めてしまうというもので。
私が地図に、このシュガーローズは意外とアリかも、なんてチェックをつけているうちに、気づけばネクターさんの姿が見えなくなっていた。
しかも。
「おい! お前、俺のシュガーローズをマネしてるんじゃねぇだろうな⁉」
「なんだよ⁉ たまたま同じような花に育っただけだろう……もしかしてお前、革新派か⁉」
――最悪だ。
ちょうど後ろで伝統か、革新か。そんなバトルが始まってしまった。
この争いには巻き込まれたくなかったのに、恐れていた事態である。
どうしよう、と私が周囲をキョロキョロと見回していると、運悪くおじさん二人と目が合ってしまう。
「おう、そこの嬢ちゃん! どっちがうまいか分かるよな⁉」
「きゃっ⁉」
ぐいと腕を引っ張られて、二人の間に立たされてしまった。
助けて、ネクターさん‼
私がオロオロとネクターさんを探していると、どこからか女の子が一人、私たちの前にスッと現れた。




