263.花を添えて、ダッチベイビー(2)
「エンテイおじいちゃん! お待たせ!」
完成したばかりのダッチベイビーをスキレットごとおじいちゃんのもとへと運ぶ。
ネクターさんからも合格点をもらったし、きっとおじいちゃんにも喜んでもらえるに違いない!
どうだ!
ドン、とおじいちゃんの目の前、テーブルの上にスキレットを置いておじいちゃんの反応を窺うと……。
「……おじいちゃん?」
エンテイおじいちゃんは、なぜかぎゅっと唇を噛みしめてうつむいた。
笑顔を見せてくれるだろう。そう思っていただけに、どうしておじいちゃんがそんな悲しそうな顔をするのか分からなくて、私は慌ててネクターさんにお助けサインを送る。
「エンテイさま? どうかされましたか?」
ネクターさんも何を察したか、片付けを中断してこちらへと駆け寄ってきてくださった。
覗き込むようにおじいちゃんの顔を見つめると、おじいちゃんがフルフルと首を振る。
「いや……まさか、こんなことになるなんてなぁ、と思いましてねぇ」
エンテイおじいちゃんの声が震えている。見れば、おじいちゃんの肩も上下に小さく揺れていた。
「シュガーローズコンテストは、ガーデナーにとっては一大イベントです。それが……仕方のないこととは言え、鉢植えもダメになってしまって……」
悔しいもんですねぇ。
エンテイおじいちゃんの足元に、口からこぼれた呟きと目元からあふれた涙が落ちる。
「あれは、誰も悪くない。事故だったんだと思ってはいても、わしにとっては、ここ数か月、愛情かけて育てたシュガーローズでしたから。だけど、こうしてフランちゃんたちがおいしいお菓子にしてくれたおかげで、報われたような気がしましてねぇ」
おじいちゃんは目元を拭うと、ほっほと小さく笑った。
「老いぼれがこんなことを申し訳ない。お二人にはお気をつかわせてしまいましたな」
目じりに浮かんだしわと一粒の涙が、おじいちゃんの気持ちを表しているようで。
「そんなことないよ! 私もおじいちゃんのおかげでお菓子作りが出来たんだし!」
「そうですよ。僕が言い出したことですから。明日のコンテストがどうなるか分かりませんが、このダッチベイビーの飾りつけは今までに見た中でも一番美しいです」
キツネ色にこんがりと焼けた生地、その上に盛り付けられたバニラアイスとリンゴソースに、シュガーローズの紫とオレンジが良く映えている。
特に紫がアクセントになっていて、おしゃれでかわいらしい一皿になった。
「ありがとう。本当においしそうだ。いただいても良いのかい」
「もちろん! おじいちゃんに食べてもらいたいの!」
フォークとナイフをおじいちゃんに差し出せば、おじいちゃんは素直にそれを受け取ってくれた。
「こんなおしゃれなものを食べるのは久しぶりだねぇ」
おじいちゃんは冗談めかして笑うと、さっそくナイフとフォークをダッチベイビーに差し込んでいく。
ナイフで切り分けられたダッチベイビーの隙間に、溶けたバニラアイスがとろりと流れ込んだ。リンゴのソースに使われている角切りにされたリンゴがコロコロとダッチベイビーの上を転がっていく。
「……あまり見られると食べにくいもんだねぇ」
私がじっと見つめていたからか、おじいちゃんは一度手を止めた。
「ほわっ! ごめんなさい! つい!」
「そうだ、フランちゃんとアンブロシアさんも食べるかい。わしも、シュガーローズの味見をしてもらいたくてねぇ」
「良いんですか?」
「知り合いに食べてもらうことが一番良いんだろう?」
先ほどネクターさん自身がおじいちゃんに言ったことだ。
ネクターさんは肩をすくめて「それでは」と取り分けるための小皿を持ってきてくださる。
おじいちゃんに切り分けてもらったダッチベイビーが、ほかほかと湯気を上げる。リンゴとシナモンの香りがふわりと漂った。
「それじゃあ、みんなでいただこうか」
三人で食前のお祈りを済ませて、私たちはそれぞれにダッチベイビーを口へ運ぶ。
「んふ~……おいしい……ふわふわだぁ!」
私がはふはふと息を吐き出せば、おじいちゃんとネクターさんが顔を見合わせて笑う。
「相変わらず、フランちゃんはおいしそうに食べるねぇ」
「だって! 本当においしいもん! 自分で作ったとは思えないくらい! あったかいふわふわの生地とバニラアイスの冷たさが絶妙だし、リンゴのソースの酸味のおかげで重くならないし! 何より! おじいちゃんのシュガーローズ‼ 全然べたつかなくて、砂糖菓子っていうよりラムネみたいな食感だし、味も爽やかでフルーティーだし!」
想いを全部吐き出せば、おじいちゃんはくしゃくしゃの笑みを見せた。たくさんあるしわがもっとたくさんに増えて、また泣きそうな顔をしている。
「フランちゃんにそう言ってもらえたら、わしも少し自信が出てきたよ。明日は二番手の鉢植えで勝負することになるが……それでも、ベストを尽くせそうな気がしてきたのぉ」
「おじいちゃんのシュガーローズ、本当においしいよ! 私はすごく好き! そのままでも、無限に食べられそうだよ!」
嘘でもお世辞でもなく、それくらいさっぱりとしていて食べやすいのだ。
普段の砂糖として使うには、少し物足りない甘みかもしれない。けれど、シュガーローズとして味わうにはちょうど良い甘みと酸味になっている。爽やかな味と軽いくちどけ。花の豊かな芳香も、すごく上品で見た目にもよく合っている。
「スイーツコンテストで使いたいくらいですね。飾りつけとしても、味付けとしても申し分ないシュガーローズです」
ネクターさんもしみじみとうなずいて、シュガーローズを味わっている。
「テオブロマ家の料理長殿にそこまで褒めていただけるとは。これは光栄ですな。もちろん、スイーツコンテストに使っていただくのはかまいませんよ。わしも応援に行きましょう」
おじいちゃんは満足そうにうなずいて、ようやくダッチベイビーに口をつけた。
しばらく黙々と味わったかと思うと、おじいちゃんは涙をこらえるためか、ゆっくりと息を一つ吐き出した。
浮かんだのは花がほころぶような笑み。
「これは大変おいしいですな……。シュガーローズも、こうして、フランちゃんとアンブロシアさんのスイーツに花を添えることが出来て喜んでいるでしょう」
私の目には、おじいちゃんのダッチベイビーに添えられたシュガーローズが、さらに花開いたように見えた。