261.神さまからのサプライズ?
ガーデン・パレスの中でエンテイおじいちゃんに出会ったのは、シュガーローズコンテスト前日のことだった。
それはまさに偶然の出会いで、再会を予感していたはずの私たちでさえ驚いてしまったくらいだ。
「まさかこんな形で会うことになるとはのぉ」
頭から水浸しになったエンテイおじいちゃんはほっほと笑う。かくいう私もびしょ濡れになっていて、これには笑うしかない。
「本当だよ! おじいちゃん、大丈夫?」
「あぁ、わしはなんとかなぁ。だが、鉢植えの方がどうか……」
エンテイおじいちゃんは眉を下げてびしょ濡れになった床を見つめる。そこには水圧で倒されたいくつもの鉢植えが転がっていた。エンテイおじいちゃんの育てていたシュガーローズの鉢植えもその中にあるのだろう。
「大変申し訳ありませんでした!」
泣きそうな顔をして謝っているのは、ガーデン・パレスの職員さんだ。
ガーデン・パレスの施設内でトラブルがあり、温室内に設置されていた数か所の自動散水システムが誤作動を起こしたらしい。
シュガーローズコンテストを明日に控えているだけに、エンテイおじいちゃんだけでなく、多くの参加者が困ったように事態を眺めている。
職員さんたちは大慌てでタオルを配ったり、復旧作業をしたり、と動いているけれど、事態の収拾にはしばらく時間がかかりそうだ。
かくいう私とネクターさんも、シュガーローズコンテストの隣にあった温室を見て回っている最中に、運が良いのか悪いのか、この散水システムの餌食となってびしょ濡れになった。
逃げるように温室を出たら、エンテイおじいちゃんと出会ったわけだ。
ある意味、この事故のおかげで、と言えるわけだけど……。
「とりあえず、鉢植えを避難させるところからですね。花は痛んでおりませんか?」
事態にいち早く対応したのはネクターさんだった。タオルで軽く頭を拭いたかと思えば、呆然と事態を見つめているおじいちゃんに声をかける。
おじいちゃんもそれで我に返ったのか、
「あぁ、そうじゃのぅ。ありがとう、アンブロシアさん」
いまだ水の降りしきる温室内へと足を向ける。鉢植えの救出だ。
「他の方々の鉢植えもありますし、僕も行ってまいります。お嬢さまはこれ以上濡れてお風邪をひかれてはいけませんから、少しそちらで待っていてください」
ネクターさんは言うや否や、すでにタオルのかかっている私の肩に自分のタオルもそっとかけて、おじいちゃんの後を追いかける。
周りの人たちもつられるように動き出し、みんな自分の鉢植えや転がった土を集め始める。
中には倒れてしまった衝撃や、水をかぶった影響でダメになってしまったシュガーローズも散見された。
エンテイおじいちゃんの鉢植えが少しでも無事でありますように。
お祈りしながら待っていると、やがて、おじいちゃんが鉢植えを胸元に抱えて戻って来る。ネクターさんも、おじいちゃんの隣でおじいちゃんと鉢植えの頭上にタオルを広げながら歩いてきた。
「二人とも大丈夫でしたか⁉」
「えぇ、僕らはなんとか。エンテイさまの鉢植えもなんとか無事でしたが……」
「鉢植えはともかく、これだけ水に浸かってしまったら、シュガーローズの方はダメだろうねぇ」
シュガーローズは水の中ですっかり頭をもたげてしまっている。
「それじゃあ……」
私が顔をしかめると、エンテイおじいちゃんは「いやいや」と笑った。
「大丈夫だよ。元々、いつ開花するか分からんからのぉ。いくつか鉢を分けて育てるのが基本だから、他にも持ってきておるんだ。明日までにちょうど良く咲いているのがあれば問題ないさ」
それでも、おじいちゃんは胸元に抱えた鉢植えを大事そうに見つめる。
「まあ、この子をこんな形でダメにしてしまったのは可哀想だがね。このまま摘んで乾燥させておけば、砂糖としては使えるさ」
雑誌にも載るような出来栄えだ。水が滴っていようとも、まだ花は美しい色合いを保っている。
おじいちゃんが愛情込めて育てたシュガーローズなのだから、おいしいに決まっているし、このままタダの砂糖として粉々にされてしまうのはもったいない。
「おじいちゃん……」
悔しい。私はぐっと唇を噛みしめる。何か私に出来ることがあれば良いのに、何も良い案が浮かばない。
「では、その花を僕にいただけないでしょうか」
「「え?」」
エンテイおじいちゃんと私の声が重なる。私とおじいちゃんがネクターさんの方へ同時に視線を投げかけると、彼はイケメンな顔面を駆使して美しく微笑んだ。
「せっかく大切に育ててこられたシュガーローズですから。少し崩れてしまってはいますが、まだ美しく咲いているところを見るに、このまま乾燥させれば花の形を保ったまま砂糖として使えるはずです」
「料理長殿、何かお作りになられるのですかな」
「僕らも、今度のスイーツコンテストに出場するんです。練習も兼ねて、お嬢さまにもそろそろ実践として簡単なお菓子を一つ作ってもらおうと思っていたんですよ。せっかくの機会ですから、エンテイさまにお味見をお願いしても?」
まさかの実践! しかも、おじいちゃんに味見をしてもらうだなんて!
「そんなの聞いてません!」
慌てて私がネクターさんに抗議すると、彼は「おや、言ってませんでしたか」なんてとぼけてみせる。この人、本当にスパルタだ。鬼コーチだ。
「お知り合いの方に味を見ていただく方が、作る人間も気合が入りますし。何より、ご忌憚ないご意見がいただけるでしょう?」
「そりゃあ、わしはありがたい限りだが……」
エンテイおじいちゃんも予想外の展開についていけないのか、私とネクターさんを交互に見比べる。その視線には、驚きと、ほんの少しの期待が混じっていた。
おじいちゃんがせっかく頑張って育てたシュガーローズが、このままダメになってしまうのは私も悔しい。
それに、スイーツコンテストだって迫ってきていることも間違いないのだ。
「……もう! わかりました! やりましょう!」
これは、チャンス。そう考えよう! 神さまがくださった、とっておきのサプライズに違いない!
覚悟を決めて私は拳を握りしめる。
せっかくの機会なのだ。
私、フラン・テオブロマ。テオブロマ家の名に恥じぬ、おいしいお菓子を作ってみせます!