260.フルーツゼリーとパンナコッタ
ゆっくりとスプーンをゼリーにくぐらせていく。
フルーツがゴロゴロと入っているせいか、持ち上げたスプーンはずっしりと重い。透き通ったゼリーよりもフルーツの方がたくさんスプーンの上に鎮座していた。
「ふぉぉ……贅沢です……!」
スプーンの上でフルフルと揺れる透明体。その中で輝く無数のフルーツ。パッと見ただけでも、オレンにパイン、アップル、ブルーベリーに、ピンクグレープフルーツと、五種類はのっている。
ほんの少しのゼラチンで繋ぎ止められたそれらを落とさないように、ゆっくりと口元へ。
一口、ゼリーのひんやりとした温度を舌が感じ取ると、残りはツルンと滑り込んでくる。
「んん!」
ゼリーというよりも、もはやフルーツを食べている。それぞれの食感と味わいが一つになって口いっぱいに広がっていく。
フルーツの自然な甘みと酸味、ゼリーのツルンとした舌触り。爽やかな後味が次の一口を急かすようで、それがまた憎い。
「おいしい~っ!」
ほんの少しのゼリーがフルーツ同士をしっかりと繋ぎ合わせて、一体感を生み出している。それだけでなく、ゼリーにもさっぱりとしたレモンの味がついているおかげか、普通にフルーツを食べるよりも甘さと酸味が際立っているような……。
真偽のほどを確かめるために、ちびりとゼリーだけすくってみる。
口に運べば、やっぱり、わずかながらレモンの風味がして「これだ!」と私はゼリーを掲げた。
「……お嬢さま?」
「ネクターさん、このゼリー、食べてみてください! フルーツがいっぱい入ってて豪華なだけじゃないです! きちんとゼリーがお仕事をしています!」
大発見です、とゼリーを突きつければ、ネクターさんは苦笑しながらもゼリーの入ったグラスを受け取った。
「では、お嬢さまはパンナコッタをどうぞ」
代わりに、と差し出されたパンナコッタをちゃっかりと受け取って、私はネクターさんの感想を待つ。
綺麗な所作ですくわれたゼリー。
ネクターさんの口元にそれが運ばれて、やがてスプーンから消える。
ネクターさんはまるで焼き菓子か何かを食べるかのごとくゆっくりとそれを味わうと、スプーンを置いて「なるほど」とうなずいた。
「レモン風味ですね」
繊細な味わいだったのに、ネクターさんはしっかりとそれを感じ取ったようだ。
「ですよね⁉ ただのゼリーじゃなくて、ちょっとレモンっぽくて! それがいろんなフルーツともマッチしてるし、フルーツ全体の甘さをちゃんと引き立ててる感じがしませんか⁉」
思わず身を乗り出すと、ネクターさんは少し体を後ろにのけぞらせた。だが、彼はすぐにやわらかな笑みを浮かべて椅子に座りなおす。私もそれにならって着席する。
いけない、いけない。ゼリーがおいしくて、つい熱が入ってしまった。
「お嬢さまのおっしゃる通りですね、フルーツがたくさん入っていて、まるでフルーツそのものを食べているようなのに、ゼリーのおかげでまとまりがあります。食感も良いですし、シュテープでも夏に食べたいくらい爽やかです」
ネクターさんは素直に「おいしいですね」とゼリーを褒めて、私の方へとグラスを戻す。ついでに、パンナコッタを指さして「そちらもおいしいですよ」と再びパンナコッタを食べるように促した。
スプーンを差し込めば、ゼリーとは違うとろっとした感触が手に伝わった。
フルーツも、ラズベリーやブルーベリーなどのベリー系が中心になっていて、見た目もかわいらしい。
ゆっくりと口に運ぶ。
「ん! こっちもおいひぃ……!」
濃厚な生クリームの甘さとバニラの香り、ベリーの甘酸っぱさが口の中でまったりと広がっていく。
「そちらのパンナコッタにも、おそらくレモンが使われているのではないかと思うのですが、いかがでしょう?」
ネクターさんに尋ねられ、私はパンナコッタだけをそっとスプーンですくう。
パンナコッタ部分だけを口に運ぶと、たしかに爽やかな柑橘系の香りが生クリームの重さを和らげているような気がする。
「ネクターさんが言う通りかも! レモンかどうかまでは分かんないですけど、後味が思ってるより重たくないし、口にいれた瞬間にさっぱりした香りが広がる感じがします!」
っていうか、これが分かるって相当じゃ? ネクターさん、自分では気づいていないだけで、かなり味覚が戻ってきてるんじゃないですか⁉
「そうですか、良かった。お嬢さまがおっしゃるのなら、僕も安心できます」
「ネクターさん、かなり味覚が戻ってきたんですね」
「なにせ、腕の良いフォロ先生がついておりますから」
ネクターさんの表情はどこか誇らしげに見えた。本当に、一時はどうなることかと思ったけれど、この旅でどんどんとネクターさんが前向きになってくださって嬉しい。
どんどん彼が遠い存在になっていくようで、少しだけそれは寂しいけれど。
寂しさをごまかすように、私はもう一口だけパンナコッタをいただく。
「パンナコッタもすごくおいしいです! このトロトロな食感も好きだし、ミルクプリンみたいっていうか……! ミルクプリンよりも濃厚だけど、ベリーのソースがさっぱりした後味にしてくれて食べやすいですし!」
半分こしてくれたネクターさんにお礼を伝えてパンナコッタのお皿をネクターさんにお返しする。
フルーツティーも相変わらずおいしいし、お花は綺麗だし。
ガーデン・パレスのおしゃれなカフェで、こんなに素敵なティータイムが出来るとは思ってもみなかった。
門をくぐる前に感じていたあの眠気は、もはやどこかへ消え去っている。
「おいしかったです!」
すっかり空になったグラスを前に私が頭を下げると、ネクターさんもちょうど最後の一口を食べ終えてスプーンを置いた。
ティーカップの中に入ったお茶も後少しだ。
「少しゆっくりしたら、植物園の西側を見てみましょう。ハーブは僕もすごく興味があるんです」
「お料理に使うから?」
「えぇ。ハーブと一口に言っても様々な種類があるんですよ。例えば……」
「ネクターさん、それはハーブ園を見に行ってからにしましょう!」
止まらなくなりそうなネクターさんのおしゃべりを遮って、私はカップに残っていたフルーツティーを飲み干す。
ネクターさんはしまった、と口元を抑えつつ、それでもハーブへの想いが抑えきれなかったのか、
「では、向かいながらでも……」
と付け加えた。




