26.パンいっぱいの夢空間
いよいよパニストの工場見学が始まった。
私は、工場内の一角で何度目かの感動のため息を漏らす。
シュテープ一のパン工場、パニストの生産現場は想像を超えていた。
最初に案内された麦畑の広大さやチリトマトなどの野菜畑も、余った小麦で飼育しているという養豚場もすごかったけれど……この風景は夢みたい!
大量のパンの生地が空中を行きかう。
遠くにはチョコレートの海。砂浜みたいに広がる木の実の欠片。むせかえるほど漂うバターと小麦の香り。
「ほわぁぁ~! すごいです!」
とにかく目が追い付かない!
棒状の生地が大きな機械を通ったと思ったら丸い形になっているし、ちょっと目を離したすきに焼きあがっているのだ。
料理長と工場長がもったいぶった理由が良く分かった。
確かにこれはすっごく面白い!
目に見えているたくさんのパンでさえ、商品のほんの一部だというのだから驚きだ。
数えることも出来ないくらいにパン、パン、パン! 超絶最高すぎる!
「面白いでしょう?」
べちゃりとガラスに張り付いて工場の様子を見ていた私と同じくらい料理長も楽しげだ。
魔法のカードの時もそうだったけれど、料理長はこういう機械が好きみたい。
いつもよりちょっとだけテンションが上がっている気がする。
「本当に! パン作りって大変そうなのに……沸いて出てきてますよ‼」
「パニストは特に一日の出荷数が多いですからね。町のパンギルドも機械化が進みましたが、この規模のものはありません」
私たちの会話を聞いていた工場長が誇らしげにゴホンと咳ばらいを一つ。
「早速ですが、簡単にご説明させていただきます!」
工場長が腕時計をタッチすると、魔法のカードと同じく仮想スクリーンが空中に投影された。
「小麦を製粉し、砂糖や水、塩などを加えてパン生地を作ります。一次発酵まで別の場所で行い、完成した生地をここに運んできます」
ぐるぐるとパンの生地を練る様子が映し出される。生地を練るのも機械だ。
完成した生地は大きな箱へ。箱に着地した瞬間、生地がポヨンと弾む。
「すっごく気持ちよさそう……」
思わず口をついて出た言葉に、工場長がうんうんとうなずいた。
そのまま発酵が始まって生地が少しずつ膨らんでいく。なんだかお布団みたい!
「実はこの発酵は、魔法を使って時間を短縮しているんですな」
「魔法⁉」
「魔法と機械を融合させることで、より効率良くパンを作ることが出来るのですよ!」
「でも、魔法を使うってことはすっごくお金がかかりますよね?」
魔法使いは珍しい存在。だからこそ、魔法を使えるのはお金持ちの特権で、当たり前のことじゃないんだって口酸っぱくお母さまたちからも言われてきた。
「フランさまのおっしゃる通りですが……機械は長く使っていると壊れてしまったりするでしょう? その点、魔法は半永久的です。わたくし共のように先祖代々事業を続けているような場合は、昔から魔法を受け継いで使っておるのです」
「受け継いで?」
「はい。まさに家宝ですな」
なるほど。それなら、大金を払ってでも魔法を使う方が良いこともある。
ってことは、お父さまからもらったカバンも家宝になるってこと?
大事に使わなきゃ……。子供が出来たら、私もこれをプレゼントしよう!
私が納得すると、工場長は「続いて」と窓ガラスの向こうでフル稼働している機械を指さした。
「発酵させた生地があの装置に投入され、パン一つ分の大きさに切り出されます」
工場長の指の先、棒状の生地をとてつもない勢いで吐き出す機械がある。
すごく大きな機械が小さな生地を作りだす様はアンバランスで面白い。
出てきた生地を目で追いかけると、その先にはまた別の機械。コロコロとしたボール状の生地が吐き出されている。
「丸い形になってる!」
なんだか、パンが生き物に見えてきた。
「もしかして、出口のところで生地に振りかけてる粉も魔法の粉ですか⁉」
「ははは、あれは生地同士がくっついてしまわないようにするための普通の打ち粉ですな」
パンに限らず、小麦を練って作るものは大抵そうするらしい。
「その先は……何あれ! カゴがいっぱい回ってます!」
「さすがフランさま、お目が高い! あれは、パン生地を休ませているんですよ」
パンが「ふぃ~」と一息ついている姿が頭に浮かぶ。
……あ、ちょっとかわいいかも。
「生地を練り続けると固くなってしまうので、休ませてゆるくします。この後、さらに形を整えるので、生地をやわらかくするんですな」
「パンにも休憩が必要なんですね。働きすぎたらダメになるなんて人間みたい……」
「ゴホンゲフンゴホン! こ、この後は! 二次発酵です。機械の入り口と出口をよく見比べてみてください」
言われた通りに見比べると……。
「あ! ほんとだ! また大きくなってる!」
型に対してスカスカだったパン生地が、どういうわけか型にぴったりおさまるように膨らんでいた。
「すごいです! 魔法みたい! パンも成長するんですねぇ……」
まさに人の成長を見守っているような気分だ。少しずつ大きく綺麗になっていくパン。
なかなかドラマチックじゃない?
最後に大きなオーブンでこんがり小麦色になるまで焼かれて完成!
……というわけではないらしい。たくさんのパンがゆっくりと移動していく。
パンの大移動は、本当にシュテープの中でも一番の景色かも!
「粗熱をとって、飾りつけをしたら完成ですな」
お行儀よく順番待ちをしているパンは、やがてチョコレートの海を越え、木の実を敷き詰めた砂浜に寝転がり……。バカンスを楽しんだ後、私たちのもとへと届くらしい。
「ほえぇ~! すっごく勉強になりました! パンいっぱいで最高だし、眼福です! ここに住みたいです‼」
心の底からの拍手を贈る。
大量のパンが水のように流れていくこの場所は、遊園地と同じくらいに素敵だった。
「楽しんでいただけて良かったです。僕が言い出したことですが、お嬢さまに楽しんでいただけるか不安で……」
料理長はいつものネガティブを発揮したけど、こんな夢空間に連れてきてくれた料理長には感謝しかない。
「住んでいただくのは難しいですが、いつでも遊びにきてくださいませ」
「はい! また遊びにきます!」
むしろ喜んで! と私が大きく手を挙げると、工場長は「その時はぜひお母さまも」と、とびきりの笑顔を浮かべた。




