259.ガーデン・パレスのお茶会
「ネクターさん……ね、眠いです……」
ガーデン・パレスの前。キラキラと輝く朝日がまぶしい。ガーデン・パレスの入場チケットを買って戻ってきた普段通りのネクターさんですら、いつもの三割増しくらいにまぶしく見える。
昨晩、早速ネクターさんから、買った本を隅から隅まで読み込むようにと熱烈なご指導を受けたのだ。
くぁ、と耐え切れずあくびをすれば、ネクターさんが「すみません」とシュンとする。
「料理のことになると、つい……。お嬢さまがすごく真剣に向き合ってくださるので、余計に嬉しくなってしまって……」
この人、思っている以上に生粋の料理馬鹿だ。優勝したいから頑張りたい、そう言った手前、怒るに怒れない。
「ゆっくり休憩しながらまわりますから、疲れたらすぐにおっしゃってください」
ネクターさんはいつもより明るい声でこちらを励ます。いつもと立場が逆だな、なんて思いながら、私はもう一つあくびをかみ殺した。
チケットを受付の人に見せて、ガーデン・パレスの門をくぐる。
瞬間、昨日外から見えていた美しい庭園が目の前に広がって、私とネクターさんは「わぁ!」と声をそろえた。
「本当に眠気が吹き飛んじゃいました……! 外から見てて、綺麗だなって思ってたけど……想像してるよりずっと広くてすごいです!」
バラの咲き誇るアーチがガーデン・パレスの建物入り口まで続いている。
その両脇には手入れの行き届いた芝生と花壇が幾何学模様を描くようにして植えられていた。形も色もさまざまなお花が満開だ。
建物の東側、少し小高い丘になっている頂上にあるガゼボが目について、よく見ると――
「うわぁっ! ネクターさん見てください! あそこ! ガゼボでお茶会をしてますよ!」
「お茶会?」
ネクターさんもその様子が見えたのか「良いですね」と声を漏らした。
彼は丘の方へと続く石畳へと視線を向けて、表情だけで行きますかとこちらに問う。
「行きましょう!」
眠気で朝ごはんは少ししか食べられなかったから、おなかがすいてきた気がする!
花よりお茶会! お花は後でも楽しめるもんね!
背の高いデルフィニウム、良い香りのラベンダー。小さいムスカリに、かわいらしいピンクのバーベナ。全体的に紫やピンクにまとめられたファンシーな道を通り抜けて、腰くらいの高さの柵を押し開ける。
「良い匂い!」
風と共にただようのはバターの匂いとフルーツティーのやわらかな香り。お花の香りを楽しむようにめいっぱい深呼吸する。
「なるほど。併設されているカフェのテラス席になっているんですね」
ネクターさんは奥の建物を指さした。視線を向ければ、確かにガーデン・パレスの建物とつながっているようだ。
コロニーに降り注ぐあたたかな日差しを遮るガゼボやパラソルが所々にあって、みんなそれぞれ思い思いの場所でお茶や軽食を楽しんでいる。
まだ昼前だというのに、アフタヌーンティーを注文している人もいるくらいだ。
「お嬢さまは空いている席に座っていてください。店員を呼んでまいります」
「ありがとうございます!」
ネクターさんのご好意に甘えて、庭園の奥、ちょうど一席分空いているテーブルを陣取る。
ガゼボの中に置かれたテーブル席、広がる美しい庭園。まるでどこかのお姫さまにでもなった気分だ。
吹き抜ける春風にうっとりと目を細めていると「お待たせしました」と声がかかった。
ネクターさんが店員さんを連れて来てくださって、メニューと一緒にお水が並べられる。
「お嬢さま、お昼ごはんもありますから、軽いものにしましょう。ガーデン・パレスの中にいくつかレストランがあって、そこもおいしいらしいので」
「分かりました! それじゃあ……」
メニューをいくつか見ていくと、フルーツゼリーが目に止まる。
「これ、すっごく綺麗です! おなかいっぱいになることもなさそうだし!」
四角いグラスにぎっしりと詰め込まれたフルーツは、まるで宝石が閉じ込められているみたいだ。
「ネクターさんは?」
「僕は、パンナコッタをいただこうかと」
フルーツゼリーの隣に並んだメニューを指さした。やはりこちらも、パンナコッタの上にたっぷりのフルーツがのっていておいしそうだ。
ネクターさんは店員さんを呼ぶと、ゼリーとパンナコッタのついでに、フルーツティーも注文してくださった。贅沢なフルーツ尽くしだ。
「すっかり元気になられましたね」
「はい! お庭もすっごく綺麗だし、まさかこんな素敵なカフェがあるなんて!」
「西側には、ハーブ園と噴水があるそうですよ。後でそちらもまわってみましょうか」
「メインの植物園にたどり着くまで、まだまだかかりそうですねぇ」
「中に入ってからも、いろんなエリアに分かれていますし、しばらくはここで楽しめそうですね」
今日は外のエリアを見て終わりになってしまいそうだ。デシは日が落ちるのも早いし、あまり長居は出来ない。
お茶をしたら、眼下に広がる庭園と、西側のハーブ園を見て、噴水の近くにあるレストランでお昼をしようと計画を立てる。
「エンテイおじいちゃんはきっとガーデン・パレスの中にいると思うんです。だから、チャンスがあるとしたら明日以降ですね!」
「そうかもしれませんね。そもそも、これだけ広くて本当にお会いできるかどうか、少し心配になってきました」
「でも、コンテスト当日には絶対会えますよ! だから大丈夫です!」
シュガーローズコンテストがどのような形式で開催されるのかは分からないが、さすがにコンテストに参加する人が不在、ということはないはずだ。
「お待たせいたしました、フルーツゼリーとパンナコッタ、フルーツティーでございます」
話しているうちに、店員さんが注文したスイーツを持ってきてくださった。
私たちの間に手際よく、美しくお皿とお茶が並べられていく。
「ほわぁぁ……すっごく綺麗!」
透き通るゼリーの中に閉じ込められたたくさんのフルーツがキラキラと輝いている。
ネクターさんが注文したパンナコッタも、真っ白なパンナコッタの上にぎっしりとベリー系のフルーツがのせられていて、コントラストが美しい。
「半分こしましょう!」
「えぇ、ぜひ」
待ってましたと言わんばかりにネクターさんも微笑む。
どちらともなくスプーンを持ち上げて、さっそく自らのお皿に差し込んだ。