257.フォンダンショコラ、オランジェット
私とネクターさんの前に、それぞれフォンダンショコラとオランジェットが並べられる。綺麗な見た目も、チョコレートの甘い香りにも、私たちはうっとりと目を細めてしまう。
ハニーミルクがたっぷりと入った大きなマグカップからも優しい香りが漂い、どちらともなく自然と笑みがこぼれた。
「おいしそうですね」
「本当に! 見た目もすっごく綺麗!」
黒のお皿にのせられた丸い小さなフォンダンショコラは、周りにベリーやお花、バニラアイスが添えられていて、見た目も華やかだ。
黒と白、それに赤のコントラストがおしゃれでかわいらしい。
ネクターさんが頼んだオランジェットも、チョコレートとオレンの実のコントラストが鮮やかな一皿になっている。
オレンにつけられたチョコレートも、金箔やナッツでデコレーションされていたり、ホワイトチョコレートが使われていたり。
「やはり、デシはこういった細かな部分までよく手が込んでいますね。スイーツコンテストの参考になります」
ネクターさんはしっかりとそれらをメモしているようだ。さらさらとペンを動かして、オランジェットをまじまじと見つめた。
ネクターさんがメモをとっている間に、私も魔法のカードでフォンダンショコラをしっかりと写真におさめる。
食べる前からすでにおいしいと分かる見た目におなかが音を立てた。
お互い準備が出来たことを目で合図して、ナイフとフォークを持ち上げる。
私はフォンダンショコラへ。ネクターさんはオランジェットへ。それぞれナイフを差し込む。
「わぁっ!」
フォンダンショコラにナイフをいれた瞬間、スポンジの内側からとろりとチョコレートがあふれ出した。
「おいしそう~~~~‼」
ゆっくりとあふれていくチョコレートからはゆるゆると湯気が上がり、濃厚な甘い香りを鼻まで届けてくれる。
外側のパリパリとした生地と、内側のしっとりとしたスポンジ生地の対比に、お皿の上に広がるなめらかなチョコレート。
食べる前からよだれが止まらなくなってしまう組み合わせだ。
フォークで一口サイズにしたスポンジを持ち上げて、チョコレートに絡ませる。口元に運ぶまでの間で、パタパタとチョコレートが滴るくらいにたっぷりと。
「いきます!」
満を持して口の中に運べば――
「んん~~~~! 幸せ……! すごくおいしいです!」
私は思わずジタバタと足を動かした。落ちちゃいそうになる頬を手で押し上げながら、目を閉じて、その味をどこまでも噛みしめる。
スポンジ生地の香ばしい焼き菓子の食感、しっとりとしたチョコレート味のスポンジはバターのコクも感じることが出来る。
そこに絡まる熱々のチョコレート! 思っているよりも、甘さが控えめで、それがスポンジの甘さとちょうど良い。
「とろけちゃいますね……! あんまり甘すぎないから重たくもなくて食べやすいし、あったかいから寒い日にもぴったりだし! んふふ……スポンジもしっとりしててすごく好きな食感です!」
喋っているうちに頬が緩んでしまって、にやけが止まらない。
ひとまず落ち着こうとナイフとフォークを置いて、ハニーミルクに口をつけたら、こちらもまた素朴な甘みがおいしくて、結局私は「むふふ」と再び笑みをこぼしてしまった。
「お嬢さまが嬉しそうで何よりです。オランジェットもすごく爽やかで食べやすいですね。オレンの酸味と、チョコレートの甘みがお互いよく合っています。チョコレートが比較的甘いので、オレンの独特な皮の苦みもおいしくいただけますし」
ネクターさんは言いながら、私の方へとオランジェットのお皿を差し出した。
ネクターさんの食レポを聞いたら、オランジェットもすごくおいしそう。半分こしようって言って良かった!
「フォンダンショコラもどうぞ!」
私も自分のお皿をネクターさんの方へと差し出して、お皿を入れ替える。
「ありがとうございます」
ネクターさんも嬉しそうにフォンダンショコラへと手を伸ばした。
お互いに一口。
「ん!」
「これは……」
フォンダンショコラとオランジェットを口に運んで、顔を見合わせる。
「オランジェットもすごくおいしい!」
フォンダンショコラに比べてしっかりと甘さのあるチョコレートが、オレンの酸味と苦みによくマッチしている。オレンがさっぱりしているから、チョコレートがくどくなることもない。
「これはいくらでも食べられちゃいそうです! 一口がすごく軽いし、後味もオレンのおかげですごくすっきりした感じになるし! それに、オレンが分厚くなくて食べやすいからついつい食べ過ぎちゃう……」
「フォンダンショコラも絶品ですね。オランジェットのチョコレートが甘かったので、こちらもそうなのかと思いましたが。生地にチョコレートを使っている分、こちらは中のチョコレートソースは甘さが控えめになってるんですね」
ネクターさんもフォンダンショコラを気に入ったのか、もくもくとフォンダンショコラを噛みしめている。
バニラアイスも一緒にどうぞ、と勧めれば、申し訳なさそうにしながらもバニラアイスとフォンダンショコラを一緒に口へ運んで「んん!」とくぐもった声を上げていた。
「デシは本当にスイーツがおいしいですね! フォンダンショコラも、オランジェットも、それに頼んだハニーミルクも、全部甘さが違うのにどれもすごくおいしいし、上品な甘さで好きです!」
「ベ・ゲタルや紅楼国が香辛料をうまく使って辛さや味に変化をつけていたとしたら、デシは甘さを変化させたり、組み合わせたりしているんですね。大変勉強になります」
オランジェットに再び口をつけたネクターさんもしみじみと感心したようにうなずいている。
スイーツコンテストに向けて良い勉強になったようだ。
あまりのおいしさに食べ進めること数分。あっという間にお互いのお皿の上は綺麗に片付いた。
私たちはチョコレートの甘い余韻に浸りながら、小さく息を吐く。
「すごくおいしかったです! このレベルのお菓子が当たり前に売ってるんですもんねぇ……! デシってすごいです!」
シュテープのお菓子もおいしいけれど、デシはやっぱりレベルが違う気がする。
私の言葉に何を思ったか、ネクターさんが苦笑をひとつ。
「スイーツコンテストは壮絶な戦いになりそうですね……」
遠くを見つめるその目には覚悟が滲んでいた。




