256.ガーデン・パレスとチョコレート
退屈だと思っていたバスの中も、ネクターさんと二人ならあっという間だ。
「コロニー、ラベンダーへと到着いたします。皆さま、お疲れさまでした」
バスのアナウンスに、私たちは荷物をまとめて降車準備をすませる。
淡い紫色の門をくぐったバスは、まるで宮殿のような建物の前でゆっくりと停車した。
「大きな建物ですね」
「なんていうか……すごく荘厳です! それなのに綺麗だし、かわいくて……」
降車した私たちは目の前の建物にほぅと息を吐く。
大きな白い鉄製の門。そこに施された繊細な植物の装飾に思わず目が吸い込まれてしまう。その奥に見える美しい庭園にも息を飲んだ。
門からぶら下がった看板に書かれた金色の文字を読んで、私はそこがシュガーローズコンテストの会場であると気づく。
「ガーデン・パレス!」
先ほど見ていたパンフレットにも建物の写真が載っていたような気がするけれど、実物の方がより綺麗だ。
ネクターさんも同じことを感じたのか、
「デシの国最高峰の植物園、と銘打つにふさわしい建物ですね」
感心したように建物の隅々を凝視する。
「お花のすごく良い香り!」
「ベ・ゲタルの国立公園も広かったですが、ここも観光には数日かかりそうですね。シュガーローズコンテストまではまだ数日ありますし、先に中を見学してみても良いかもしれません」
「そうですね! 明日から通いましょう!」
もしかしたら、一足先にエンテイおじいちゃんも到着しているかもしれない。シュガーローズコンテストの会場に入れるかどうかは分からないけれど、ガーデン・パレスの中でなら、会えるかもしれないし。
私たちは、ひとまず宿へ向かって歩く。コロニーの中は爽やかな風が吹いていて、すっかり春の陽気を感じられる。このコロニーは建物も少なく、比較的のんびりとした雰囲気があって余計だ。
「今日のところは、ひとまず宿に向かいましょう」
「どこかでお茶もしたいです!」
「そうですね、せっかくですから良い店があったら入りましょうか」
ガーデン・パレスを後にして、私たちは町の方へ歩いていく。
図書館に美術館、それから音楽ホールと大きな建物が並んでいる通りを過ぎると、小さな家がひしめきあった住宅街に出た。
「デシは、コロニーを移動するだけで雰囲気が変わりますね! 建物の感じとかも、少しずつ違うし……」
「全体的にかわいらしい雰囲気はそのままですが、それぞれのイメージカラーとでもいうんでしょうか、そういったものが取り入れられていて面白いですよね」
ここの建物は、どれも白を基調としてはいるものの、コロニーの名前にちなんでいるのか、淡い紫色がアクセントに使われている。
その合間にこぼれる草花の自然な色合いが、町を美しく飾り立てた。
「コロニー同士も離れていますし、自然とそれぞれの特色が生まれるのかもしれませんね。伝統派と革新派の派閥もありそうですが」
ネクターさんは「このコロニーは伝統を重視しているように見えます」と建物や町の風景を眺めて呟いた。
住宅街を抜けると大きな広場が現れて、その先には商店街が広がっている。
「あのあたりがお店の並んでる通りですね!」
どんなスイーツが食べられるのか、期待に胸が膨らむ。
「やはり、スイーツショップが多いですね」
「うわぁ! ネクターさん! ダックワーズ専門店ですって! あ、あっちにはドーナツショップも!」
「お嬢さま、落ち着いてください。お店は逃げませんから」
商店街に入ると、一気に甘い香りがあたりに立ち込めた。
焼き菓子のバターの香りや、フルーツの爽やかな香り、生クリームの濃厚なミルクの香り。
食欲をそそるお菓子通りはとにかく誘惑がいっぱいだ。
色々なお店を見て歩いていれば、当然その時は訪れるわけで――
「ハッ……ネクターさん……私、運命の出会いを果たしてしまいました……!」
私はとある電子看板の前で立ち止まる。
看板の画面いっぱいに映しだされているチョコレートケーキの動画。
ナイフを入れると、内側からとろっとチョコレートが流れ出てくるシーンがそれはもうゆっくりと流れている。
「これです! これにしましょう!」
「フォンダンショコラですか、良いですね」
ネクターさんも食い入るように看板を見つめる。どうやらお気に召したらしい。
「一階はテイクアウト用のチョコレート売り場で、二階がカフェになってるみたいですよ!」
入り口に書かれた案内を読み上げると、ネクターさんの視線がようやく看板から店内へと移動する。
店内は洗練された雰囲気で、まるで宝石店のようだ。
ショーウィンドウに並べられた何種類ものチョコレートも、ショーウィンドウの外に陳列された詰め合わせボックスも、すごく高級そうに見える。
「おしゃれなお店です! チョコレート屋さんとは思えないくらい素敵!」
「デシは本当にこういった建物のレイアウトが綺麗ですね。少し緊張してしまいます」
ネクターさんは苦笑しながらも、店内へと足を進める。
あまり混んでいないのか、私たちはすぐに二階のカフェへと案内された。シュテープでこんなお店が出来たら、常に満席になりそうな気がするけれど、やはりそこはデシだからだろうか。
渡されたタッチパネルでメニューを表示させると、フォンダンショコラの動画が再び画面に流れた。
このお店のイチオシなのだろう。
「フォンダンショコラにします! それから、ハニーミルクのホットで! ネクターさんは?」
珍しく私の方が先に注文を決める。
ネクターさんは少し悩んでいるようで
「せっかくなら、オランジェットもおいしそうだな、と思いまして……」
とメニューを見つめていた。
「それじゃあ、半分こにしましょう!」
いつもはネクターさんが言うセリフを奪う。私の提案に、ネクターさんは
「なるほど、いつものお嬢さまの気持ちがよく分かりました」
となぜか深くうなずいている。
どういう意味だろうか。
私が首をかしげると、ネクターさんがしみじみと呟く。
「誰かとおいしいものをわけあえるって、こんな気分なんですね」
ネクターさんは、すでにチョコレートを口の中に含んでいるみたいにやわらかな笑みを浮かべていた。




