255.補い合ったら、最強の
「お嬢さま! 僕と新しいお菓子のアイデアを考えてみませんか⁉」
がしりと掴まれた手は熱く、ネクターさんの心に秘められた情熱がそのまま体温に現れているようだった。
「私がアイデアを⁉」
お菓子作りのことを何も知らない私が? さすがにそれは無理な気が……。
「大丈夫です! 味や作り方は僕が絶対になんとかします」
あ、駄目だ。ネクターさんの目が今までになく輝いている気がする。こうなると、ネクターさんを止めることは出来ない。彼は意外と頑固だ。
「……ほ、本当に私が考えるんですか?」
ゆっくりとネクターさんの手をほどいて、私はいったんネクターさんから距離を取る。
だが。
「もちろんです! 今までの旅でお嬢さまと一緒に過ごしてきましたが、お嬢さまには素晴らしい才能がおありです! 旦那さまや奥さまから引き継がれた商才、先見の明はもちろん、既存のものを組み合わせて新しいものを生み出す能力をお嬢さまから感じます!」
ネクターさんの心の内に灯った謎の炎は、もはや鎮火することが出来ないレベルだった。
それはもう料理についての解説をするかのように饒舌で、ネクターさんが大好きな機械への愛を語るかのごとく情熱的。
「分かりました! 分かりましたから!」
さすがにここまで言われては私も照れてしまうし、やらないわけにはいかない。
ネクターさんを少しでも助けられるのならば、協力は惜しまないつもりだったし……。
「お嬢さまは、見た目とコンセプトを考えてくだされば、後は僕が考えます! 二人で、優勝しましょう!」
ほどいたはずの手が、もう一度がしりと握られる。
ネクターさんの目には、もはやスイーツコンテストの優勝しか見えていない。
「っていうか! 見た目って、味と同じくらい大事じゃないですか⁉」
「さすがはお嬢さま、よくお分かりになられておりますね! 料理もスイーツも、見た目が悪ければ、食べてすらもらえません。ですから、見た目は味と同じくらい重要になってきます。見た目良し、味良し。これは良い料理の絶対条件です」
「そんなに大事なところを私が⁉ それに、コンセプトって……」
「コンセプトはいうなれば、お菓子に込めたテーマですね。ストーリーになることもあります。生み出された理由、作り出す理由、食べる理由……。様々ありますが、ただ作ってみた、というよりも、歴史や物語があると、料理は一層おいしくなる気がするでしょう?」
確かに、今までいろんな国で、いろんなお料理を食べてきたけれど、ネクターさんからお料理の解説を聞き、その歴史や文化を知るとより一層おいしく感じることが出来たのは事実。
だけど……。もしも、スイーツコンテストでも、そのコンセプトとやらが重要視されているんだとしたら。
もしかして私、超重要な二つの部分を任されてしまったんじゃ……?
「もちろん、難しく考える必要はありません。例えば、デシの美しい花々を見て感動したからスイーツにしたくなった、などでも良いのです。ですが、そのコンセプトが深ければ深いほど、食べた時の感動はひとしおです!」
ネクターさんの止まらない語りが、私にプレッシャーを与える。
だが、味を考えたり、その調理方法を考えたりすることは、私には出来ない。今のままではスイーツコンテストに対するネクターさんへの負担が大きすぎる。
料理人って、毎回こんなプレッシャーを感じながらお料理してたの?
もちろん、普段の夕食ではコンセプトなどわざわざ決めたりしないのかもしれない。
だけど、見た目や味は考えるはずだ。それに合わせて、調理法も食材も選んでいかなければならない。
知らず知らずのうち、険しい顔をしてしまっていたようだ。
ネクターさんが慌てたように「すみません!」と頭を下げる。
「その……久しぶりのコンテストでつい気合いが入ってしまいました……。冷静でいようと思ってはいるのですが、やはりどうしても舞い上がってしまって! 申し訳ございません!」
お嬢さまにご迷惑をおかけするつもりはなかったのです。
ネクターさんはすでに下げた頭をさらに深く下げる。車内なのに座ったまま土下座しそうな勢いだ。
「大丈夫です! 大丈夫ですから、顔を上げてください!」
「ですが! お嬢さまに無理難題を押し付けてしまったのではないかと今更気づくなんて! やはり僕は従者失格です!」
「落ち着いてください! そりゃまあ、簡単なことじゃないですけど……」
ネガティブだったころのネクターさんが懐かしいと思っていたけれど、前言撤回!
ネクターさんはぜひポジティブなままでいて欲しい。
「確かに、すごく難しそうだし、プレッシャーもありますけど! 精一杯頑張ります!」
「お嬢さま……」
「私もスイーツコンテストは楽しみですし! それに、ネクターさんがなんとかしてくれるんでしょう?」
見た目とコンセプトさえなんとかなれば、ネクターさんが味も調理法も、きっと最高のものに仕上げてくださるはずだ。
それに……。
「今までも一緒にお料理を作ったことはあったけど、ずっとネクターさんに教えてもらってばかりでしたから! 今度こそ、本当の意味での共同作業って感じがして楽しみです!」
優勝できたら、きっと最高の思い出にもなる。いや、優勝できなくても、良い思い出になることは間違いない。
ネクターさんとの旅もこれでおしまいなのだ。せっかくなら、一緒にたくさんのことを経験したい。
ネクターさんの顔を見れば、彼は今にも泣きだしそうな顔でこちらを見つめていた。
「お嬢ざまぁ……!」
否、もはや泣いている。
「頑張りまじょうねぇ!」
ネクターさんは私の手を握ってぶんぶんと上下に振ると、ズビリと鼻を鳴らす。
「必ず、優勝じまじょう……!」
「もう! 泣かないでくださいよぉ! よし、そうと決まったらいっぱい考えましょう! あ、でも、一人じゃ不安だから、一緒に考えてください!」
「もぢろんでずぅ……」
これじゃあ、光の祭典の時と真逆だ。
私がポケットからハンカチを取り出すと、ネクターさんは「ずびばぜん」ともはや何語か分からない言葉で謝罪を述べて涙をぬぐった。
まあ、これでいっか。
お互いがお互いを補いあう私たちは、きっと二人で最強なのだ。
「頑張りましょうね」
ネクターさんの手を握り返すと、彼はせっかく止めた涙を再びボロボロとこぼした。




