254.フェアリーテイルの名付け親
光の祭典から一夜明け、私たちはシュガーローズコンテストが行われるコロニーへと向かって出発した。
外は相変わらずの雪景色。特に今日は吹雪いていて、バスでの移動は少し退屈だ。
「お嬢さま、お飲み物でも?」
「ありがとうございま……あ! シュガーローズだ!」
「せっかくですから、コンテストの前に実物を。これはあくまでもスーパーマーケットに売られている安いものですが」
ネクターさんが注いでくれたカップに浮かぶ、小さなかわいらしいバラ。
砂糖で出来たそれは、あたたかいフルーツティーに溶けていく。
「シュテープでもよく見かけますが、やはりデシの方が種類も豊富ですね」
「かわいいし、見てるだけで楽しいんですよね! お母さまが大好きだからよく見てたけど、実際お料理に使われる時は砕かれちゃうでしょう? あれがもったいなくて!」
「そうですね、あくまでも砂糖として使いますから。飾りつけに使われることもありますが、砂糖の塊なので……」
ケーキの上にはよく飾りつけの意味合いで使われているけれど、結局それも、そのまま食べると甘ったるくておいしくない。
結局、紅茶や珈琲に溶かして使うのだ。
お料理の時だってもちろんそう。バラの形のまま使うわけにはいかない。
「今回のコンテストでは、新作のシュガーローズもたくさん見られるそうですから。もしかしたら、そのまま食べられるものもあるかもしれませんね」
「見つけたら、お母さまのお土産にします!」
シュガーローズコンテストは参加するだけで、出場するわけではないから気楽だ。
様々な品種のシュガーローズが飾られているらしく、一般参加のお客さんはそれらの見た目や味で気に入ったものに投票もできるのだそうだ。
審査員の人たちと、お客さんの投票でその年の最も素晴らしいシュガーローズを決める。
シンプルな大会である。
「デシでも有名なコンテストなんですよね?」
「えぇ。デシの三大コンテストの一つだそうですよ。シュガーローズコンテストの第一回目は、もう数百年前だとか」
「ほぇぇ……! すごいです、デシの伝統ですね!」
シュガーローズコンテストの紹介が記載されたパンフレットを広げて、ネクターさんが指をさす。
「去年の優勝作品も載ってますね」
綺麗なミルク色のシュガーローズは、『伝統への原点回帰』と銘打たれている。素朴な味わいと見た目が、審査員やお客さんから好評だったそうだ。
対して、今年の注目株の中にはド派手なピンクと緑を織り交ぜたようなものもある。
これぞ、デシの伝統と革新の対立だろう。シュガーローズを通しても、文化がうかがえるとは。
「わ、ネクターさん! これとかすっごくかわいいですよ。色合いが好きです! シンプルだけど、一つの株から全く違う二色の花が咲いてるのも面白いですし!」
「本当ですね。オレンジと紫? ピンクでしょうか。この淡い色合いが春らしくて」
写真の下に書かれたシュガーローズの名前はフェアリーテイル。なんて見た目にぴったりなかわいいネーミングなんだ。
「……って、ネクターさん! これ!」
「どうかしましたか?」
「ほら、ここです! このシュガーローズの開発者の名前!」
私が大慌てでネクターさんにパンフレットを押し付けると、ネクターさんはしばらくそれを見つめて
「あぁ!」
と声を上げた。
「エンテイおじいちゃんです!」
「ガーデナーとして様々な植物を育てておられましたが、まさかこんなところでお名前をお見かけすることになるとは思いませんでした」
「会場でおじいちゃんに会えるのかな⁉」
「お会いできるかもしれませんね」
エンテイおじいちゃんとはフリットーを受け取ったあの日が最後だ。
連絡先を交換し忘れたせいで、お礼も言えていなかった。コンテスト会場で会うことが出来たら、絶対にお礼を言わなくちゃ。
「フリットーもすごくおいしかったし、おじいちゃんのシュガーローズもおいしそうです!」
私の言葉に、ネクターさんは苦虫を嚙み潰したように眉をひそめる。
「……僕は、謝らなくてはなりません。あの時は味が分からないことを隠して、嘘をついてしまいました」
そっか。ネクターさんはあの時、味覚を失っていたから。
おじいちゃんや私に心配をかけまいと必死にごまかしていたんだろう。
「それじゃあ、ちゃんと謝って、今度こそ、おじいちゃんのシュガーローズをおいしく食べなくちゃいけませんね!」
おじいちゃんはきっとネクターさんの話を聞いて、びっくりするんじゃないだろうか。
嘘をついたことに対して怒るよりも心配しそうなくらいだ。それに、おじいちゃんならきっと笑って許してくれるはず。
「ネクターさんのことを料理人としてすごく尊敬してるみたいだったし、もしかしたら、今度こそアドバイスを求められるかもしれませんよ」
「その時は、全力でお応えしたいと思います。スイーツコンテストもありますし、シュガーローズは僕もこれから使うでしょうから」
ネクターさんも落ち込むのはやめたみたいだ。なんだか、ネガティブだったころのネクターさんが懐かしく思える。
味覚と一緒に、料理人としての自信も戻ってきたのかもしれない。傲慢は良くないけれど、きっと、ネクターさんならもう大丈夫だろう。
「スイーツコンテストも、そろそろ準備をしなくちゃいけませんね! ネクターさん、もう何を作るか決めたんですか?」
「……いえ、まだ。実は、良いアイデアが浮かばなくて。どうしても、アイデアが凝り固まってしまうと言いますか……。どこかで見たことのあるようなものばかりが浮かぶんです」
ネクターさんは真剣な表情で「例えば」とメモを取り出す。
そこにはびっしりと様々なお菓子の名前が書かれていた。メモをめくっていくと、イラストが描かれているページもある。
「デシの国にふさわしい、伝統と発展にちなんだ新しいお菓子を作ることが出来れば良いのですが……」
なかなかうまくはいきませんね、とため息を吐くネクターさんはメモを閉じてポケットへとしまう。
「私に何か出来ることがあれば良いんですけど……」
私は食べる専門だ。当日、ミスをしないようにネクターさんのサポートをするくらいしか役に立てることがない。
私がもどかしい、と顔をしかめると、ネクターさんが私をじっと見つめて
「いえ! お嬢さま! お嬢さまなら出来るかもしれません!」
と突如声を上げた。