252.光の波、一輪の花
腹ごしらえを済ませた私たちは、続いてステージの方へと向かう。
雪を固めて作られたステージでは、ダンスや歌、パントマイムと言ったショーが開催されている。ステージの前に並べられた席は大勢のお客さんで埋まっていた。
「次は、ゴスペルチームの皆さんです! ゴスペルチームの皆さまは、光の祭典を祝福するために結成されたスペシャルチームなんだそうです!」
ちょうどやっていた出し物が終わり、ステージに立っているお姉さんが次のプログラムを告げた。
ステージの袖から、おそろいの服を着た人たちがぞろぞろとステージに上がってくる。
「ちょうど良かったですね!」
後ろの方の空いていた席に座ろうとした時、ネクターさんが私の肩を軽くたたく。
「お嬢さま、すみませんが少し席を外しても?」
何やらソワソワとしているネクターさんは「すぐに戻りますので」と先ほどまでいたかまくらの方へと視線を動かしている。
もしかして、何か忘れ物かな?
「もちろん大丈夫ですよ、ここで座って待ってますね!」
私がうなずくと、ネクターさんは「すみません」と頭を下げて、いそいそとどこかへ去っていった。そんなネクターさんを見送って、私はステージへと目を向ける。
ライトアップされたモミの木を前に、ゴスペルを披露する人たち。美しい歌声と、お客さんたちの手拍子で、ステージはあたたかな雰囲気に包まれている。
聞いたことのない曲だけれど、デシでは有名なのだろう。どこかお祝いムードの漂うおしゃれな曲調だ。
一曲目が終わり、私がパチパチと拍手をしていると、後ろから「すみません」とネクターさんの声が聞こえる。
振り返れば、ちょうどネクターさんが戻ってきていた。隣の席を促すと、ネクターさんはおずおずと椅子に腰かける。
「お嬢さまをおひとりにしてしまって、申し訳ありませんでした」
「大丈夫です! それより、ネクターさんは大丈夫でしたか?」
「え? えぇ、僕は。それよりも、ゴスペルはいかがでしたか?」
「すごく素敵でしたよ! 映画みたいで!」
言っているそばから二曲目が始まって、私とネクターさんの会話は自然とそこで途切れた。
二曲目は、しっとりとしたバラードだ。
「綺麗……」
周りのムードとも相まって、うっとりとしてしまう。目の前のカップルが肩を寄せ合っているのが目に入って、なんだかそれも素敵だ。
三曲目は陽気な曲。祭典にぴったりな明るい曲調で、一気に祭典が盛り上がる。ステージ脇で踊っている人たちなんかもいて、少しだけベ・ゲタルでのことを思い出した。
アンコールもあり、大盛況でゴスペルチームがステージを去っていく。
「楽しかったですねぇ!」
私がネクターさんの方を振り向いた瞬間――
バツンッ!
会場全体の照明が落ちて、あたりが真っ暗になった。
「きゃっ⁉」
予想外の出来事に思わず悲鳴を上げてしまう。
今、この場で光っているのは、みんながそれぞれに持参しているランタンだけだ。
「お嬢さま、大丈夫ですか?」
「は、はい! でも、一体何が……」
私がキョロキョロと周囲を見回すと、周りの人たちは慣れた様子で席を立ち始める。
みんな自分の明かりで足元を照らして、ぞろぞろとどこかへ向かって歩いていく。
「……な、何事ですか?」
「みなさま、モミの木の周りにお集まりください」
私の質問に答えたのは会場アナウンスだった。
どうやら恒例行事らしい。アナウンスにつられて頂上のモミの木へと視線をやると、すでに大勢の人が集まっていた。会場の明かりが全て消えた分、ランタンの光が良く見える。それに、空に輝く星も少しずつ数を増やしているように思えた。
「僕らも行きましょうか」
ネクターさんがゆっくりと立ち上がって、私に手を差し出す。
「暗いので、足元にお気を付けください。ランタンもお持ちしましょうか?」
「い、いえ……! ちょっとびっくりしただけですから、大丈夫です! 自分で持ちます!」
ネクターさんの手を借りて、椅子から立ち上がる。
モミの木までの道は薄暗いけれど、自分のランタンや周りの人のランタンで怖いってことはない。
緩やかな坂道を登って、モントブランカの本当に頂上、モミの木まで歩いていく。
隣を歩くネクターさんは穏やかな表情だ。
時折吐き出される息は白く、満天の空に昇っていく。
「モミの木の周りに集まった方々は、順番にランタンの明かりを消してください。非常灯は運営が持っておりますので、安心して明かりを消してくださいね」
私たちを誘導する運営さんの声が聞こえて、私たちもランタンの明かりを消した。
周りの人にならってモミの木の下に腰を下ろす。
視線は自然と空に吸い込まれて、美しい星々に思わず感嘆の声が漏れた。
「……すごい……」
まるで雪が降るみたいに、無数の星が頭上でまたたいている。
しばらくその星を眺めていると、右手の方からわっと歓声が上がった。何事かと右の空を見れば、はるか遠くからふわっと空一面に何色もの光がカーテンのように広がる。
みるみるうちに空がその光に覆われて、私たちの頭上に何層もの光の波が揺らめいた。
「ほわぁぁ……」
「オーロラ、ですね……」
ネクターさんが息を飲んだのが分かった。かくいう私も、その美しい光景には息を止めてしまう。
緑や赤や紫に変化しながら、どこまでもたなびく光の層。
穏やかな変化に目を離すことすら出来ず、私たちは時間を忘れてしまう。
「妖精さんが来てくれたのかも」
私が呟くと、隣でネクターさんが「そうですね」と息を吐いた。
オーロラがゆらゆらと揺れる様は、臆病な妖精さんがカーテンに隠れながら、私たちの前を飛び回っているようにも見える。
「お嬢さま」
呼ばれてネクターさんの方を見ると、彼がこちらに一輪の花を差し出していた。
「え?」
「少し、キザかもしれませんが。デシでは、男性が女性に花を贈ることが当たり前だと、以前申されていたでしょう?」
オーロラに照らされて、花を包んでいる透明なビニールが様々な色に輝く。
「いつも、本当にありがとうございます。今までのことも、これからのことも。お嬢さまと旅を続けた日々のことは、忘れません」
ネクターさんは美しく微笑んだ。