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251.春を呼ぶ光の祭典

「すごく綺麗……!」

 モントブランカの頂上は、もうすぐ夜になることを忘れてしまいそうなほどたくさんの光であふれていた。


 頂上に立った一本のモミの木は無数のオーナメントでライトアップされていて、そこへと続く一本道も雪の中に埋められたライトに照らされている。


 露店代わりのかまくらでは、お花のランタンはもちろん、食べ物が売られていたり、ゲームが出来たり。

 空いているかまくらの中でご飯を食べている人たちもいて、それがまた素敵だ。


 その他にも、雪で作られたステージや簡易スケート場、たくさんのオブジェが並ぶ広場など。

 いたるところに飾られたライトが雪に反射して、モントブランカ全体が輝いているように思えた。


「まさに、光の祭典の名にふさわしいですね」

「お花のランタンを持ってる人がたくさん! ここまで盛大にやったら、きっと妖精さんたちも春を届けてくれそうです!」


 お花のランタンを売ってくれたおばあさまから聞いた通りだ。

 お花のランタン以外にも、みんな春らしい色のマフラーを身に着けていたり、お花のコサージュを頭に飾っていたりする。中には妖精さんみたいな羽を背負った女の子までいてかわいらしい。


「明かりが多いせいか、あまり寒さを感じさせないところが春を予感させますね」

「デシは、シュテープより少し春が早いんでしたっけ?」

「そうですね。デシの暦の上では、後一週間ほどで春だそうです。とはいえ、デシの春はシュテープより寒いですが」

「私たちが帰るころには、シュテープも春ですね」


 シュテープを旅立ったのは、私のお誕生日――ちょうど秋真っ盛りのころだった。

 お屋敷を出てからもう五カ月がたとうとしているなんて信じられない。


「まさか、こんなに長い旅になるとは思いませんでした。旦那さま方も驚いているでしょうね。心配して、お迎えに来られるかも」

「まさか! 自分たちから放り出しておいて、それはないですよ!」


 お母さまもお父さまも、私のことを愛してくれていることは良く知っているけれど。さすがにお迎えまできちゃったら、なんのための旅だかよく分からない。

 あ、でも、本当に私が成長したのか試験しよう、とか言い出しかねないかも……。

 お父さまはともかく、お母さまはそういうところがスパルタだったし。


「……うん、ネクターさん、この話はやめましょう。なんだか嫌な予感がします。ほら、おいしそうな食べ物がたくさんありますよ! 体が冷えないように、あたたかいものでも食べませんか!」


 私が慌てて話題を変えれば、ネクターさんは少しだけ不思議そうに首をかしげる。だが、私が続けざまに

「あ! スープがすごくおいしそうです! お花もかわいいし!」

 と近くのお店を指さすと、ネクターさんはただ「そうですね」とうなずいた。

 理由はともかく、お母さまたちの話題はダメだと察してくださったようだ。


「それでは、スープを二つと、サンドイッチを二種類いただきましょう」

 露店代わりになっているかまくら。その入り口に立っている店員さんにネクターさんが声をかける。


 注文を待っている間、かまくらの中を覗き込むと、思っていたよりも中は広かった。奥に簡易的なキッチンがついているのも見える。さすがに火を扱う周りは雪ではないようだけれど、それ以外はほとんどが雪や氷で作られていて、凝った造りだ。


「お待たせしました」

 店員さんがスープとサンドイッチを用意してくださって、私とネクターさんはそれを一つずつ受け取る。


 近くのかまくらに入ると、シートの上にはふかふかのクッションとこたつが置かれていて、私たちはためらいなくこたつの中に足を突っ込んだ。

「ふぃぃ~」

 あったかい。しっかりと服も着こんでいるし、カイロもたくさん仕込んできたけれど、やっぱり文明の利器には勝てない。


「ここに座ると、一生出られなくなってしまいそうですね」

 ネクターさんは苦笑しながら、こたつのテーブルの上に、買ったばかりのスープとサンドイッチを並べる。


 カップに入ったスープは、お花とお野菜の彩りが綺麗な豆乳スープ。

 サンドイッチの箱を開けると――

「わ! このサンドイッチ、フレンチトーストだ!」

「片方がベーコンとレタス、トマトのサンドで、もう片方がハムとタマゴですね」

「うぅ! どっちにしよう……ネクターさぁん……」


 困りました、とネクターさんに視線を送る。

 彼は口元を手で覆い、なぜか咳払いを繰り返した。


「……一体、どこでそんなことを覚えてきたんですか。いいですか、お嬢さま。そういうお顔は、絶対に他の男の人にしてはいけませんよ」

「ほぇ?」


「……半分ずつにしましょう。せっかくですから」

 何かを諦めたようにネクターさんは息を吐いて、フレンチトーストサンドイッチについていたナイフとフォークを握る。箱を開いてお皿代わりにすると、綺麗に半分ずつ分けてくださった。


「ネクターさん、さすがです! おいしそうっ!」

 サンドイッチもスープもしっかりとあたためられているのか、どちらもほわっと湯気が上がっている。


 食前のお祈りをして、お互いにまずはスープへ手を伸ばす。

 スプーンですくって口元に近づけると優しいミルクの香りが漂う。食欲をそそられてそのまま口に運ぶと、野菜の素朴な甘みとお花の香りが優しく鼻に抜けた。


「おいしい……」

 くたくたくに煮込まれたお野菜の食感も相まって、すごくホッとする味だ。ニンジンや玉ねぎ、ジャガイモの甘みが複雑に絡み合っていて、シンプルなのに味に深みがある。


 フレンチトーストサンドイッチも切り分けて口へ運べば、これまた優しい素朴な味わいが口いっぱいに広がった。


「パンがやわらかくてジューシーです! タマゴとミルクの甘みが、中に入ってるベーコンの塩気とよく合う~!」

 ふわふわのパンと、シャキシャキのトマトにレタス、()み応えのあるベーコン。食感の違いも面白い。


「おもしろいですね。デシのお菓子文化をうまく組み合わせたお料理になっていて……。うん、これは僕も気に入りました」


 ネクターさんも、ハムとタマゴのサンドイッチを食べたようで、スープともよく合う、と満足そうに目を細める。

 シュテープでもサンドイッチは定番だけど、さすがにこれは珍しい。ひと手間加えるだけで、こんなにも雰囲気が変わるなんて。


 私たちはご飯を食べ進め、光の祭典をしばらくあたたかなかまくらの中で眺めていた。

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[良い点] 無意識のうちに男を誘惑するフランちゃんという、危ない女の子。加えて彼女は料理人殺しであり、その無邪気な魅力に何人の男がフランちゃんテイクアウトを考えたのかは、最早数え切れない。だからネクタ…
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