250.ヒートチューブでひとっ飛び⁉
観光やボランティアをしているうちに時間は過ぎ、あっという間に光の祭典当日を迎えた。
私たちが作った飾りも町に彩りを与えている。
パシャリ。
ネクターさんが作った飾りと、満足そうにそれを眺めるネクターさんを写真におさめる。
「お嬢さまは、写真を撮るのがお好きですね」
シャッター音でこちらに気付いたネクターさんが苦笑する。
「どこもかしこもお祭りムードですね」
「本当に! みんなモントブランカに登るのかと思ってたけど、町で過ごす人も多いんですね」
「いくら祭りとはいえ、冬の雪山ですから。僕らもそろそろ向かわないといけませんね」
「麓の休憩所までバスで戻って、そこからはヒートチューブに乗るんですよね! 楽しみです!」
「僕は正直、胃が痛いです……。少し調べましたが、あれはもはや乗り物ではなく、アトラクションではありませんか」
ネクターさんは苦々しく呟くと、バス停へと向かう歩調を少し緩めた。光の祭典には行きたいけれど、ヒートチューブには乗りたくない。そのはざまで揺れている心の状態が体に現れている。
「仕方ないですよ、ヒートチューブしかモントブランカの頂上にはたどり着く方法がないんですから」
「山の中腹までは登山鉄道も出てると聞いていたんですがね……」
「雪が深くて、登山鉄道は運休だってホームページに書いてあったじゃないですか。これも、デシの伝統と革新ですよ、ネクターさん!」
過去にも急流下りのボートやリフトといった乗り物を乗ってきたのだ。今回もそれと同じこと。
私が力説すると、ネクターさんは覚悟を決めたように息を吐き出した。
「お嬢さまのおっしゃる通りですね……。やってみましょう」
*
「……正直、ものすごく後悔しております」
ヒートチューブの座席に座って、クルーさんにこれでもかと安全帯をつけられたネクターさんが忌々し気に呟いた。
目の前には長いチューブと先の見えない登り坂。チューブの上下左右に取り付けられたオレンジ色の電熱線がまるで滑走路の明かりのようにも見えた。
「すごくかっこいいじゃないですか! なんだか未来の乗り物って感じです!」
「見た目は素晴らしいと思いますが……この、浮遊感がどうにも落ち着かなくて……」
私たちが乗っているカプセルは、チューブの内側に取り付けられた磁石とカプセルの外側につけられた磁石の反発によって完全にチューブの中を浮いている。
だから、私たち二人がどちらかに傾けば、カプセルは簡単に傾いてしまう。
ガチガチの安全装備もそのためらしいけれど、一度傾いてしまったら、後はなるようにしかならないだろう。
係員さんがボタンを押せば、カプセルの後ろに取り付けられたジェットによってチューブの中をひたすらに真っ直ぐ進んでいくだけだ。もちろん、制御不能だし。
「それでは出発いたします。良い旅を!」
クルーさんの声に顔を上げると、笑顔のクルーさんが手を振っていた。
私は手を振り返したけれど、ネクターさんにはおそらく地獄への案内人のように見えたことだろう。
私たちの頭上にドーム状の天井が降りてくると、カプセル内アナウンスが始まる。
「本日は、ヒートチューブをご利用くださり、誠にありがとうございます。まもなく出発いたします。安全のため、カプセルが止まるまでシートベルトは外さないようにお願いいたします」
楽し気な音楽が鳴り響くと同時、ガチャン、とカプセル後方から発射用ジェットのハッチが開いた音がする。
「お嬢さま……やはり……」
ネクターさんがゴクリと唾をのんだ瞬間――
ゴゥッ‼ シュパンッ‼
ものすごい音が響いて、私たちの体が座席へと押し付けられた。
「おわぁぁぁぁああああっ⁉」
「うわぁっ‼」
何が起こっているのか分からない。信じられないスピードでヒートチューブの外の景色が流れていく。
カプセルの中にいるはずなのに、安全帯でがっちり座席と固定されているはずなのに!
それでもなお、体がどこかに飛んで行ってしまいそうなエネルギーを感じて思わず顔に力が入る。
モントブランカの一面真っ白な世界を飛び上がるように上昇していくカプセル。
きっと外から見ていたら流れ星が空へと帰っていくように見えただろう。
残念ながら、カプセルの中にいる私たちには分からないけれど。
蛇行しながら登っていくヒートチューブに合わせて、カプセルは勢いよく進んでいく。
こちらの待ったを聞くものはおらず、私たちはただひたすらに叫ぶ。ネクターさんの言う通り、これは乗り物なんかじゃない。アトラクションだ。完全に。
こんなに楽しい乗り物があるなんて! デシ! 最高!
私が「ひゃっほぉ~!」と声をあげると
「何がそんなに面白いんですか! 止めて! 止てぇぇえええ!」
とネクターさんの抗議の声が聞こえた。
全身にかかるエネルギーに逆らうように視線を前に向けると、ヒートチューブの電熱線とは違う明かりがポツポツと見え始める。おそらく光の祭典を彩るオブジェたちだ。
とはいえ、それらも隕石のようなスピードで私たちの横を通り過ぎていってしまうから、綺麗だと思う隙もなかった。
「誰でもいいから、これを止めてくださいぃぃぃいいい!」
もはや何度目か分からないネクターさんの懇願が耳についた。
目的地である頂上が近いのか、カプセルは、まるでそれにこたえるように速度を徐々におとしていく。
「なんでもしますからぁぁぁあああ!」
もちろん、余裕のないネクターさんはそんなことには気づいていないようで、まだ懇願を続けているけれど。
出発の時とは真逆、シュルルルル……と小さな音を立てて、カプセルが緩やかに坂を上り切る。
どうやら、頂上に到着したようだ。
叫び疲れたのか、すっかり呆然としているネクターさんを
「到着したみたいですよ」
とつつけば、ネクターさんはハッと目を見開いて顔を二度、三度、フルフルと振る。
カプセルの天井が開いて、クルーさんに手伝ってもらいながらなんとかヒートチューブを出ると――
「……ここが、天国……?」
目の前に広がる美しい光の祭典に、ネクターさんが縁起でもないことを呟いた。




