249.考え方が違っても
お兄さんが案内してくださったお店はレコードバーだった。
今時珍しいレコードがあちらこちらの棚に並べられ、店の奥では蓄音機が鳴っている。
花ではなく、たくさんの観葉植物が植わったプランターが天井から下がっていて、机や椅子、床は木製。壁や柱につけられた豆電球の橙があたたかみを感じる。
タイムスリップしたみたいな雰囲気と、大人の落ち着いた空間がマッチしておしゃれだ。
「デシにもこんなところがあるんですね……」
「デシは意外と古いもの好きだからね。気に入った?」
「とっても! シュテープじゃ、こういうお店はほとんどないと思います!」
国の土地柄も関係しているだろうが、ベ・ゲタルや紅楼と比べると科学技術が進歩しているし、システムやデバイスに関してはシンプルで誰にでも使えるようなものを好むものだと思っていた。
現に、今までデシで見て来たシステムもそういうものが多かったから、少し意外だ。
「そういえば、最初のコロニーで見た時計も古くから使われている原理に基づいたものでしたね」
ネクターさんが思い出したようにうなずくと、注文を済ませたお兄さんが「詳しいね」と相槌をひとつ。
「デシは伝統と革新を融合させた国なんだ。厳しい環境の中で発展してきた歴史があるからね。僕らは、国が歩んできた歴史にも、発展した結果にも敬意を払ってるんだよ」
お兄さんが話している後ろで、ゆったりとしたジャズ調の曲が流れる。この曲も古い曲なのだろう。
「すごいですね。簡単そうに聞こえますが、なかなか両立出来ることではありませんから」
「そうですね! シュテープじゃ、便利なことが当たり前だから、伝統って考え方は少ないかも」
「実際大変なことも多いよ。コロニー間でも結構根深い対立があったりするし。僕らだってそうなんだ。兄さんは革新派で、僕は伝統派。仲は悪くないけど、一緒には暮らせない」
「そうだったんですね……」
「はは、だから兄さんはデシを飛び出してベ・ゲタルで占いカレー屋をやってるし、僕は光の祭典みたいな伝統行事のボランティア運営をやってるんだ」
双子なのに、考え方は真逆のようだ。
それでもお互いが納得して、自らの生き方を選択しているのだから、それで良いのかも。
それこそ、デシの伝統と革新の融合を体現しているみたい。
「そういえば、二人は兄さんに占ってもらった?」
「はい! すごくよく当たるからびっくりしちゃいました!」
「はは、そうでしょ。実は、僕も兄さんによく占ってもらうんだけど、つい最近、近いうちに面白い出会いがあるよって教えてもらったんだ。だから、今日はすごくびっくり」
お兄さんがクスクスと笑う。仲は悪くないと言っていたけれど、それは本当らしい。
あのよく当たる占いも健在のようだ。
占いカレー屋さんのお兄さんにはお世話になったし、元気そうで良かった。
「お待たせしました。ハニーウィスキーとフラワーチップスです」
話をしている間に、お酒とおつまみの準備が整った。テーブルの上に置かれたそれらが一気に場を華やげる。
「どっちもデシのおすすめなんだ。お酒は苦手なら無理しないで」
お兄さんに促されて、私たちは「それじゃあ」とグラスを手に取った。
「僕は一杯だけにしておきます」
ネクターさんはそう宣言してグラスを掲げる。
透き通るオレンジから、芳醇なアルコールの香り。
花びらを一枚一枚揚げたフラワーチップスからは食欲をそそるバターの香りがしている。
「それじゃあ……面白い出会いに、乾杯!」
お兄さんの乾杯の音頭で、私たちはグラスをカチャンとぶつける。
ウィスキーを一口、舐めるように飲むと、ハチミツの甘さとまったりとしたウィスキーの独特な味わいがふわっと広がった。
「おいしい! 意外と飲みやすいです!」
「君はイける口だね、飲みやすいでしょう?」
「はい! すっごく! 飲み過ぎないように気を付けないと……」
アルコールがきついから、あまりたくさん飲むことはないと思うけれど。
ちびりともう一口ウィスキーに口をつけてから、フラワーチップスへと手を伸ばす。
フラワーチップスにはたっぷりのバター。それに、こちらにもハチミツがかかっている。
デシは花が多いから、ハチミツも特産なのかも。
「これはおいしいですね!」
先に声を上げたのはネクターさんだ。私よりも先にフラワーチップスを手にしていたみたい。
「バターとハチミツの甘じょっぱい組み合わせが、お酒に合っていいですね。見た目も鮮やかで美しいですし」
ネクターさんの感想に、私も我慢できなくなってフラワーチップスを口へ運ぶ。
シャクッ!
まるで野菜のようなシャキシャキ感と揚げ物独特のサクサク感が一緒になったような食感が面白い。
「んん~! ネクターさんの言う通りです! これはお酒が進む味……!」
バターの濃厚な旨味と塩気、ハチミツの自然な甘さ。どちらもかなり味が濃いから、合わさることでよりガツンと舌に訴えかけるようなジャンキーな味になる。
ウィスキーをちびりと飲めば――これがまたよく合う!
「ぷはぁっ……! 最高です……! 甘いのとしょっぱいのって、ただでさえ無限に食べられる組み合わせなのに、それが一度で味わえるなんて、ずる過ぎます!」
信じられない、と私が力説すると、お兄さんが「あはは」と声を上げて笑った。
「兄さんの言う通りだね。すごくおいしそうにご飯を食べるんだって聞いてたから、どんなものか見てみたくなったんだ。今日、夕飯にさそってみて良かったよ」
お兄さんもフラワーチップスを口に放り込んで「うん、たしかにおいしい」と満足げにうなずく。
遠い国で繋がった縁が、また別のところで繋がって、広がっていく。
旅に出なければ、こんなにもときめく経験は出来なかっただろう。
「不思議なものですね」
同じことを思っていたのか、ネクターさんが隣で小さく呟いた。その表情は本当に不思議そうで、けれど、言葉には出来ないその不思議な感覚を楽しんでいるようにも見える。
「そうだ。他の国のことを教えてほしいな。兄さんからベ・ゲタルのことは良く聞くけど、シュテープや、紅楼はどうだった? ズパルメンティは?」
お兄さんが楽しそうにこちらへと視線を向ける。
私たちは、今まであった旅のことを振り返りながら、それぞれの国で起きたことや経験したことを語る。
もちろんネタは尽きない。おいしいお酒とおいしいお料理で、食も進んで、私たちは夜遅くまで楽しんだ。