248.飾り作りのボランティア
「あぁ! 君たちが噂の!」
ベ・ゲタルでのことを話すと、受付のお兄さんはなぜか納得したように、ぽん! と手を打った。
「「噂の?」」
先ほどとは真逆。今度は私たちの頭にはてなマークが浮かぶ。
「兄さんから聞いたよ。面白い観光客がいたってね。そのうちデシにも行くかもしれないから、その時はよろしくって言われてたんだ。まさか本当に来るとは思わなかったけど」
「兄さん……?」
「そ。君たちが言う占いカレー屋の店主は、僕の双子の兄さ」
「「えぇっ⁉」」
「二度もハモるなんて、本当に仲が良いね」
クスクスと笑う受付のお兄さんは「とにかく」と一度話を切った。
「今はちょっと手が離せないから、兄さんとの話は後にしよう。ボランティアの協力をお願い出来るかな?」
「あ! はい!」
そうだった、あまりにも衝撃的すぎて本来の目的をすっかり忘れていた!
お兄さんに促されるまま、私とネクターさんはボランティアの受付にサインする。
「ボランティアの期間は、光の祭典が始まる前日までの間。日の登っているうちなら、いつでも自由に来てくれてかまわないよ。あ、そーだ。これ」
お兄さんは私とネクターさんにかわいらしいお花のピンバッジを手渡した。
「これがボランティアの印。見えるところにつけておいてくれれば、今度から受付はしなくていいから」
「ボランティアって何をすればいいんですか?」
「んー、そうだね……。まあ、その日来た時に手が必要なものをそれぞれお願いすることになるかな。さすがに無茶は言わないから安心して。二人とも、手先は器用?」
お兄さんから尋ねられて、私とネクターさんはお互いに顔を見合わせる。
ネクターさんは絶対に手先が器用だ。それに、何でも要領がいい。私はどうだろう、不器用ではないと思うけど……。
「お嬢さまは覚えも早いですし、なんでもソツなくこなされるイメージが」
ネクターさんに先手を打たれて、「それを言うならネクターさんの方が!」と言い返すとお兄さんが再び笑う。
「ほんと、仲が良いね。それなら、今日は早速、飾り作りをお願いしようかな」
「飾り作り?」
「光の祭典の日は、町のあちこちにも光のオーナメントを飾るんだ。その飾りだよ。ライトと花のワッペンを布に縫い付けたり、布を編みこんでロープにしたり、手先が器用な人には向いてる」
お兄さんは説明しながら、私たちを一つのテーブルへと案内して座らせた。
流れるように近くのテーブルから裁縫道具や布、小さなライト、お花のワッペンを持ってきて並べていく。
「飾りつけのデザインには、何か決まりがあるんですか?」
「ううん。自由に作って大丈夫。だけど、町に飾るものだから、変ないたずらはしちゃだめだよ。必要なら見本をもらってくるけど」
「それじゃあ、一つお願いします!」
「りょーかい」
お兄さんが見本を取ってきてくださる間に、私とネクターさんはそれぞれ渡された道具や材料をチェックしていく。
なんだかベ・ゲタルでカゴを編んだ時のことを思い出した。
「お待たせ」
お兄さんは見本をドサリと私たちの前に置くと、
「足りないものがあるとか、困ったことがあったらすぐに声をかけて。僕じゃなくてもいいし。怪我には注意してね」
また後で、と付け加えて足早に去っていく。まだまだ仕事が山積みなのだろう。
「それじゃあ、早速作ってみましょう!」
見本を前に私が布を掲げると、ネクターさんも同じように布を手に取った。
「花の刺繍が綺麗ですね。これも手作りでしょうか?」
ネクターさんは早速針に糸を通して、布にお花を縫い付けていくようだ。
彼が手にしたお花のワッペンは、色も形も様々で見ているだけでもすごくかわいい。個性があるところを見ると、ネクターさんの言う通り、手作りなのかもしれない。どれも丁寧な作りだ。
チクチクと針を動かすネクターさんの隣で、私は布をどんどんと編み込んでいく。
三つの布をそれぞれ順番に編み込んでいけば、一つの太いロープが完成。カラフルな見た目は、それだけでも十分飾りになりそうだ。
「ここにライトを通して……」
見本を見ながら、編み込まれた布の間にコードでつながれたたくさんの小さな豆電球を通していく。
「最後に端を縫い合わせて……」
布がほどけたり、豆電球が垂れ下がったりしないように布の端をしっかりと糸で縫い付ければ――
「完成!」
まずは一つ。綺麗なデシの町を彩る豆電球ロープの完成だ。
ここにお花のワッペンを追加したり、スパンコールやガラス玉をつけたりしてもかわいい。
ネクターさんに「じゃじゃーん!」と見せると、ネクターさんは手を止めて嬉しそうにうなずいた。
「さすがはお嬢さま、素晴らしいです。そのままお屋敷に飾りたいくらいですよ」
「ネクターさんはどうで……うわぁっ⁉ なんですかそれ、すごいです‼」
彼の手元をのぞきこむと、布にはそれはもう細かな装飾がなされていて、私は思わず凝視してしまう。
「つい凝りすぎてしまいました……」
綺麗なお花のワッペンはもちろん、ライトやガラス玉、スパンコールなどが綺麗に縫い付けられている。しかも、それだけでなく、ネクターさんが新たに草や茎を模した刺繍を布に施してるものだから、もはや豪華なドレスみたいだ。
「参りました」
これは降参です。ネクターさん、さすがすぎます。お屋敷に飾りたいのはむしろそちらの飾りです。
っていうかこれ、本当にすごいんじゃ……。
「ずいぶんと良いのが出来たみたいだね……って、うわぁ……」
手が空いたのか、お兄さんがひょこりと後ろから覗きこんで、やや引き気味の声を上げた。
気持ちは分かる。ネクターさんの布はもはや芸術品の域だから。
「……うん、ありがとう。でも、もっとシンプルでもいいよ。もうすぐ日も沈む。片づけを済ませたら、一緒に夕食でもどうかな」
お兄さんはさらりとネクターさんの手から布を引き取って、話題を変えた。
ネクターさんもお兄さんの上手な話術で、自らの手から布が無くなったことには気付いていない。私の方を見て、夕食を一緒に食べるか、と視線で問う。
「もちろんです! ぜひ!」
ベ・ゲタルの占いカレー屋さんが元気かどうかも知りたいし!
私がうなずけば、お兄さんは「それじゃ、決まりだね」と手早く片づけを始めた。