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おかわり! ~お屋敷を追放されたかわいそうな私と料理長は異世界を食べ歩きます!~  作者: 安井優
6品目 デシと花咲き誇る時

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246/305

246.雪の壁、モントブランカ

「ほぉわぁぁああ……」

 コロニー間の移動も慣れて、雪景色にも驚かなくなったと思っていたけれど……。


 いよいよ、モントブランカの(ふもと)まで迫ってきた今日。

 有名な観光地にもなっています、とバスを下ろされて私たちが見たのは、どこまでも高くそびえる雪の壁だった。


「すごいですね……」

 ネクターさんがほぉっと吐いた息が白く曇る。

 気温は氷点下。もはや生物の気配もない。


「モントブランカへと続く道を整備するため、毎朝雪かきが行われます。その際、道路わきへと雪を積み上げていきますが、出来る限り積み上げようと考えられた結果、このような壁になりました」


 バスガイドさんが雪壁をポンポンと軽くたたきながら、私たちへと説明してくださる。

 壁と蛇行した道のせいで先は見えないが、この先を抜けると一気に視界が開け、モントブランカが見えるのだとも教えてくれた。


「ここから先、(ふもと)までは徒歩でも移動できます。お疲れの方はバスをご利用ください。徒歩の方は、お足元にお気をつけてお進みください。分岐はありません。道なりに進むと、(ふもと)の休憩所があります。そちらでお待ちください」


「ですって、ネクターさん。どうしますか?」

「そうですね……せっかくですから、お嬢さまさえ良ければ歩いていきましょうか」

「歩いていきたいです! 一緒に行きましょう!」


 今日は、ネクターさんからアドバイスをもらった通り、服の下にも大量にカイロを貼っている。ポケットには充電式のカイロも入っているし、ばっちりだ。

 もちろん寒さは感じるものの、歩いていればそのうちにあったかくなりそうなくらい。


 ネクターさんと一緒に、うっすらと雪の残る道を壁に沿って歩いていく。

 私たちの横をゆっくりとバスが通り過ぎていった。先に休憩所まで行くのだろう。


 雪を踏む音、独特な足元の感触、ひんやりとした冷気。

 どれもが新鮮で、寒さも疲れも忘れるほど気分が良い。


「お嬢さまは、あまりデシの旅行を覚えていらっしゃらないとおっしゃっておりましたが、何か覚えていることは?」

「うぅん……。あ、そうだ! モントブランカの(ふもと)で写真を撮ったのは覚えてます! 写真を何度も見返したから!」


「では、(ふもと)に到着したら、記念に同じ場所で写真を撮りましょう」

「やった!」


 ぴょんとジャンプすると、足元が滑る。

「ぉわぁっ⁉」

 ひっくり返る寸前の私の手が後ろから強く引っ張られた。


「……なんだか、デジャヴを感じます」

 私を抱き止めたネクターさんがため息を吐いて苦笑する。


 そういえば、ベ・ゲタルの公園で似たようなことが。私もそれを思い出して「ごめんなさい」と慌ててネクターさんから離れた。

 何度同じことをされても慣れることはない。心臓に悪いです、ネクターさん。私のせいだけど。


「そうだ! デシで、おいしいケーキを食べた記憶があります!」

 なんとかドキドキとうるさい鼓動をしずめようと、昔の記憶を引きずり出す。デシでのことは数えられる程度にしか覚えていないが、忘れられないのはやはり食べ物のことだ。


「おいしいケーキですか。良いですね。また食べられると良いのですが……」

「それが、お店じゃなかった気がするんですよねぇ。外だった気がするんです」

「テラスということですか?」

「うぅん、そうじゃなくて……。お祭りみたいなところで、いかにも業務用って感じのテーブルセットで……」


 だけど、とにかくおいしいケーキだった。

 お母さまとお父さまが両隣にいて、私に半分ずつくれたのだ。

 思い出せるのは、たくさんの人がいたことくらい。


 食べたケーキの味と、お祭りみたいな景色のアンバランスさが、私の記憶に対する確信を奪っていく。

「記憶力は悪くないはずなのに! 悔しいです!」

 デシのようなスイーツの国ならともかく、お祭りで普通ケーキなんて食べないだろうし。


「そういうこともありますよ。もう一度食べられると良いですね」

 ネクターさんが優しくフォローしてくださって、私も「はい!」と大きくうなずいた。

 もしもう一度食べられなかったとしても、今回はもっとおいしいケーキが食べられるかもしれないし。


 気づけば、雪壁の終わりに近づいていた。

 カーブを曲がった先に『(ふもと)休憩所』と書かれた看板が立っている様子が見える。


 おそらくここを曲がれば――


「わぁっ! すごいです!」

 雪壁が途切れ、視界が開ける。

 目の前に現れたのはデシ唯一の山、モントブランカ。雪に覆われて純白に輝く峰、山へと続く真っ白な一本道。


 なだらかな斜面を望む雄大な光景は、空の青と雪の白、その二色で構成されている。

 木々や岩もなく、どこまでも果てしなく続く景色はより壮大さを感じさせ、私とネクターさんは大きく息を吸う。


「気持ちいいですね、すごく穏やかな気分になります」

「不思議な感じです! こんなに綺麗だなんて!」


 寂しさを感じさせないのは、休憩所や、訪れる人々のお洋服がカラフルだからだろうか。

 私たちも自然の一部になったような気分だ。


「光の祭典が楽しみですね」

「はい! すっごく! だって、モントブランカがいっぱい明かりに包まれるんでしょう? もう今から想像するだけで感動しちゃいますよぅ!」


 光の祭典までは後一週間。

 今日からは、(ふもと)にあるコロニーで滞在する。

 (ふもと)のコロニーに住む人たちは、この期間光の祭典の準備で大忙しらしく、ボランティアは大歓迎だとガイドさんが言っていた。


「さ、休憩所で少し休みましょう」

 ネクターさんに促されて休憩所の方へと視線を向けると、懐かしいフォトスポットの看板が目に付いた。


「あ! ネクターさん! あそこです! 写真を撮ったの! わぁ! あの時のままだぁ!」

 先ほどの失敗を思い出して、駆け出したい気持ちをぐっとこらえる。


 少し古くなったフォトスポットの看板。カメラ台に魔法のカードをしっかりと固定して、ネクターさんと一緒にお立ち台へ上がる。


「ネクターさん、もっと笑ってください!」

「もっと……? こ、こうですか……?」

 ぎくしゃくと口角を上げるネクターさんが面白くて、私が思わず吹き出すと、つられてネクターさんも笑う。


 瞬間、ピロンッとカードが音を立てた。

「ナイスタイミングです!」

 早速撮れた写真を確認すると、写真の中の私たちは、大きなモントブランカをはさんで、これでもかと満面の笑みを浮かべていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] フフフ、そそっかしいのは相変わらずだなぁ、フランちゃん。そしてそんな彼女は、旦那様が支えてくれるもんなんですよ? ちゃんとその手を、離さないことだね。うふふふふふふ。 _(⌒(_ΦωΦ)_…
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